(英エコノミスト誌 2022年11月12日号)
ずっと自分について回る言葉だったにもかかわらず、ウィリアム・ベバリッジは「福祉国家」というフレーズが好きになれなかった。
80年前の今月、第2次世界大戦後の英国が福祉国家になるための青写真を公表したベバリッジだが、この言葉は保守党、自由党、そして最後に労働党の政治家たちが50年かけて進めた改革の集大成ではなく、「素晴らしい新世界」のイメージを想起させると考えたからだ。
新聞の風刺画家はそんな異議には耳を貸さなかった。
ある漫画家はスーツ姿のベバリッジを湯気の立つマグカップに見立て、1942年当時の英国兵がそれを掲げて「素晴らしい新世界に乾杯!」と喜ぶ姿を描いてみせた。
リバタリアンにも社会民主主義者にも悪夢
窮乏、無知、ホームレス、失業、疾病という5人の悪の巨人と戦う計画は、典型的な20世紀前半の政治の戦いだった。
いくぶん19世紀的な「夜警国家」の概念――政府の役目は物理的な安全を提供することであり、それ以上のことはあまりしなくてもよいとする考え方――に取って代わるものだった。
それから80年が経ち、今日の英国はどちらにおいても最悪の状況に陥っている。
まず、リバタリアン(自由至上主義者)にとっては悪夢のような国で、国家の歳出が国内総生産(GDP)の45%相当に拡大している。
租税負担は今後、ベバリッジの計画を実行に移した1940年代の労働党の首相クレメント・アトリー以来となる水準に向けて膨らむ見通しだ。
ところが、政府が巨大になっても成果はほとんど上がらず、社会民主主義者にとっても目も当てられない惨状になっている。
保守党政権は次第に名目上だけ福祉国家を提供し、実態としては簡素な夜警国家になっている。
警察は、殺人事件が起きれば恐らく犯人を見つけるが、自転車を盗まれたと駆け込んでも何もしてくれない。
車にはねられたら、国民医療制度(NHS)が恐らく命は救ってくれるだろう。
だが、ヘルニアの手術が必要になった人は1、2年待たされるかもしれない(さもなくば、諦めて私立病院に行く)。
19世紀の国家の概念が20世紀のビジョンと衝突し、21世紀のキメラという耐えがたい代物を生み出した。