佐久間信盛と柴田勝家、評価の違い

 勝家が瓶を割ったという逸話の真偽は不明だが、物語では勝家単独の勝利となっているものの、言継が勝利者の筆頭にその名をあげているから実際には佐久間信盛の活躍が大きかったはずである。

 ただ、後に織田信長の妹を妻とし、豊臣秀吉の天下に抗したことで有名になった柴田勝家の方が、信長に追放されて高野山送りとなった佐久間信盛よりも華がある。ゆえに勝家は武功を飾る逸話を作りやすかったのだろう。また、信盛はこの後年、「お前はわしに奉公してから、これまで久しく何の手柄もない」などと極端に貶められているので、もともと武功の宣伝が苦手な人物だったのかもしれない。

 こうして思わぬ形で、信盛の功績はすっかり横取りされてしまったようだ。ともあれ信長の重臣たちは信長不在でも大活躍をしてみせる優れた武将であった。

 そして勝家は、江戸時代にそのキャラクターにふさわしい「瓶割り」の二つ名を付けられたわけである。

 

【乃至政彦】歴史家。1974年生まれ。高松市出身、相模原市在住。著書に『謙信越山』(JBpress)『平将門と天慶の乱』『戦国の陣形』(講談社現代新書)、『天下分け目の関ヶ原の合戦はなかった』(河出書房新社)など。書籍監修や講演でも活動中。昨年10月より新シリーズ『謙信と信長』や、戦国時代の文献や軍記をどのように読み解いているかを紹介するコンテンツ企画『歴史ノ部屋』を始めた。

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