伝単とは中国語由来の宣伝ビラのこと。主に敵国兵士や民間人の戦意喪失などを目的として配布する宣伝謀略用の印刷物を指すが、東京・千代田区で旧日本陸海軍の実物軍装品を扱う「神保町軍装店」の前川裕弘代表(56)によると、「当時は所持を特高警察や憲兵に見つかれば由々しき問題になった代物。さらには物資不足の時代、刻みタバコの巻き紙にされるなどで消費されており、昨今国内で実物がでてくることはほとんどない」という。

 焼夷弾を投下するB29の写真を配して今後、空襲する予定の都市名を連ねたものもあれば、「沖縄日本軍の集団投降しきり」「ビルマの日本軍三分の一に減少」などの見出しが並んだ宣伝謀略紙「マリヤナ時報」なども。ハワイおよびサイパンで日本兵捕虜の手で作成されたもので、同様に米軍前線部隊が沖縄で作成した「琉球週報」などもあり、日本人の本職記者や編集者らも制作に関与したとされる。

都市名を連ねて空襲を予告する「伝単」。戦意喪失を促す内容だ(筆者撮影)
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上記「伝単」の裏面(筆者撮影)
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日本兵捕虜の手で作成された謀略宣伝紙「マリヤナ時報」(筆者撮影)
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 もちろん日本側も対外宣伝に手を染めなかったわけではない。宣伝謀略は当時世界各国で普通に展開されており、東南アジア各地の前線で米英兵に投降を呼びかける伝単をまいたり、女性アナウンサー「東京ローズ」が人気だった連合国軍向けプロパガンダ番組「ゼロ・アワー」(ラジオ・トウキョウ放送)を放送したり、知恵をめぐらせた。

ハイクオリティだった大日本帝国の対外宣伝グラフ雑誌「FRONT」

 また日本軍の精強さや国力の強大さを誇示するグラフ誌「FRONT」の精緻さはよく知られている。「FRONT」は、日本政府・情報局の後ろ盾により、東方社が1942年から45年にかけて「海軍号」「陸軍号」「満州国建設号」など計10号を作成、うち9号が実際に刊行された対外宣伝誌で、英語、中国語をはじめ、一部は独、仏、露、スペイン、オランダ、ポルトガル、タイ、ベトナム、インドネシア(2種)、モンゴル、ビルマ、インド・パーリの各語で刊行された。

日本の軍事力や国力の対外宣伝グラフ誌「FRONT」陸軍号(右)と海軍号(筆者撮影)
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 写真の美しさだけでなく、迫力を持たせるための合成や構成の巧妙さも際立っており、戦時日本が心理戦を重視した一端がうかがえる。こんにちの中国を念頭に置いた経済安保などの延長線上において「研究しておくべき歴史」として注目されそうだ。

「FRONT」陸軍号の誌面(筆者撮影)
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「FRONT」海軍号の誌面(筆者撮影)
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