日本人拉致を認めた金正日氏の真意
午前の会談が終わり、小泉元首相に同行した安倍元官房長官は、百花園迎賓館の別室に入って来るなり、「金正日氏が拉致を認めて謝罪しない限り、いくら事前に日朝鮮共同声明を出すことを約束していたとしても、決して署名してはいけません。今すぐ日本に帰りましょう」と、怒鳴りつけるように話して、日本代表団全員をびっくりさせた。
盗聴状況を考慮して、出国前に「重要な会話は筆談でする」という約束までしていた安倍元官房長官が、それを無視したまま、何のためらいもなく大きな声で、日朝首脳会談に対する強い不満を表出したのだ。
この事実は、ただちに国家保衛省盗聴局の関係者によって、金正日氏に報告された。
この時、北朝鮮の実務関係者は「将軍様!日本側がそんなふうに出てくるのならば、我々も強く出て行かねばなりません」と話したが、日本政府の対北朝鮮経済支援に浮き足立っていた金正日氏は、何か感じるものがあったのかもしれない。金正日氏は、何の返事もせず、午後の会談に出向き、そこで、次のような途方もない爆弾宣言をすることになるのだ。
「うん……。私たちがこれまで行方不明者だと話してきましたが……、うん……、拉致そうです。はい、拉致です。特殊機関内の一部の人々が、英雄主義に陥って思わず……。率直に謝ります」
瞬間、午後の会談に参加していた北朝鮮の関係者は、全員、あっけにとられた。金正日氏の通訳を担当していたファン・チョル氏も驚いて、通訳することができず、金正日氏が大丈夫だからそのまま通訳しろとのサインまで送った。今までしつこく言い逃れてきた、北朝鮮政府による日本人強制拉致問題が、公式に認められた、歴史的な瞬間だった。
金正日氏はなぜ、北朝鮮の実務者との約束を破ってまで、日本人強制拉致問題をさっさと認めることにしたのだろうか。
それに対して当時、日朝首脳会談に参加した北朝鮮の高官は、「金正日氏の即興政治による大惨事」と語る。