2.安倍元首相を守れなかった本当の理由

教訓1:今回の犯罪者は、過去のイメージと違っていた

 警護に当たっては、事前の検討において、犯罪者(敵)はその場にいるのか、その犯罪者はどんな人物か、または組織か、ほかにも脅威はあるのか、などを考えてシナリオを研究するだろう。

 過去20年ほどの事例を踏まえると、2000年以降、日本の国会議員が選挙運動期間中に襲撃されたのは、安倍元総理の事案が初めてだ。

 大臣クラスの選挙運動でも、大臣が狙われたことはない。これまでなかったということだ。

 つまり、政治家とその関係者、および警備関係者は、立会演説をしている議員をその場で襲う敵はいない、これまでもいなかったので今回も可能性は極めて低いと思っていた。

 通常は、ほとんどないと考えるだろう。だから、警備関係者は、万が一のために備える準備をしようとは考えなかった。

 立候補者とその関係者も自分が襲われるとは考えてはいなかった。

 そのため立会演説者はなるべく有権者に近づき、握手しようとするし、警護は警備員まかせである。

 銃撃事件が起きるとは、誰も想像できていなかったということだ。

 事前に、「敵は誰か」と考えていたとしよう。

 政治家の敵は誰か。これまでの銃撃事件などでは、右翼か暴力団だった。

 政治家を殺害しようとする人物は、政治的な意図がある人と思われていた。

 テロリストであれば、イスラム過激派、北朝鮮特殊部隊・工作員、これまで日本で銃撃事件を起こしてきた右翼・暴力団員だ。

 警護に当たる者は、おそらく、これらの人物を想定していたはずだ。

 しかし、今回の犯人は日本でこれまで起こった事件とは全く異なる予想外といえる人物であった。

 世界で見ると、テロの一匹狼と呼ばれるホームグローンテロリストの印象だ。

 現実には、群衆の中からこのような人物を探し出すのは、容易にできるものではない。

 事件当日の報道や政治家の発言を覚えているだろうか。

 メディアも政治家も、「政治家の選挙期間中の殺害は、民主主義への冒涜だ、言論を力で封殺するものだ」と言っていた。

 ところが、犯人についての情報によれば、政治的な意図による殺害よりも、特定の宗教団体への恨みが根底にあったからであった。

 つまり、メディアも政治家も、犯人像を誤っていたのだ。

 今思えば、かなりピンボケな報道であり、政治家の発言であった。政治家が殺害されたが、テロではなく、恨みによる犯罪であったのだ。

 ということは、メディアも政治家も、犯人像についてのイメージが全く違っていたということだ。

 であれば、警護とその関係者も、100%想定には入っていない犯人像だったのだ。これが、短時間に発生した事件を防げなかった大きな要因の一つだ。