教訓9:敵の行動を常に予測する

 刑事事件では、起きた事件を捜査する、つまり過去に焦点を当てている。

 警護は、未来にどのようなことが発生するかを予測して準備をする、つまり、未来に焦点を当てる。

 だから、やっていることが全く異なる。今回の事件について、刑事課に所属していた人が、警護について評価することは、理に叶ってはいない。

 これが、メディアに流れることも適切だとはいえない。今回の事件の対策を検討するにあたって、警護の在り方について、国民に誤解が生じる可能性があるからだ。

 未来を予測することは難しい。

 軍事作戦では、情報見積り(敵の行動を予測すること)を行う。敵軍の戦力、過去の実績、敵指揮官の性格、これまで確認できている兆候、地形・天候気象などから、敵軍の行動を予測するのだ。

 いくつかの可能行動を列挙すること、その中から最も可能性が高いものを選定する。

 また、可能性が少ないが、わが軍にとって最も大きな影響を及ぼす奇襲も検討する。

 敵軍は、自由な意思を持っている。見積もりが誤ってしまえば、弱点を突かれ、わが軍は敗北するのだ。

 今川義元が織田信長に桶狭間で奇襲攻撃を受けて破れた。つまり、今川勢は織田勢の奇襲攻撃を見積もっていなかったので敗北したのだ。

 このように、未来を予測して警護計画を作成すること、準備をすることは難しい。

 私が師団司令部の情報部長をしていた時には、師団長や幕僚長から、「敵の可能行動はどうなっている?脳漿(のうしょう)を絞れ」とお叱りを受けたことを思い出す。

 実際に戦争をしていないので、失敗しても部隊が大きな損害を受けることはない。

 だが、警備での犯罪者の予測は、誤りや欠落は許されない。

 軍事行動では、敵軍を見積もり、わが軍の行動を列挙して、図上で戦争シミュレーション(兵欺演習・図上研究)を行う。

 問題があれば、問題を解決できるまで、何度も行う。そして、現実的な対応を考えるのだ。

 この結果を踏まえて、隷下部隊に命令を発出する。部隊は、さらに細かい図上研究を行う。隊員一人ひとりに徹底するまで行う。

 そして、やっと現実的な行動が取れるようになる。

 自衛隊が災害派遣に出動する時も同じことを行う。この時の敵は、天候気象と災害だ。

 私は、この手法を危機管理の教育でも重点を置いて講義している。

 日本政府の危機管理部署、教育機関、自治体、企業でも、図上研究の重要性とこの要領を説明している。この要領が、軽易に実施されるようになってほしいと思う。