この中で注目を浴びている張務鋒は1960年生まれ、山東省出身。文革後の大学入試復活2年目の試験で済寧商業学校の統計学部に入学し、卒業後、山東省工商局に入局した。その後、臨沂市長、山東省発展改革委員会主任、山東省副省長を歴任し、2017年2月に中央の国家発展改革委員会を経て国家糧食局長になった。これは習近平の妻で山東省出身の彭麗媛の推薦人事であったといわれている。

 2018年3月の国家機構改革で、国家糧食局は廃止され、新たに「国家糧食物資備蓄局」が新設され、その初代局長兼書記に抜擢された。中国における食糧備蓄の全責任を任され「天下の食糧庫」の鍵を握るような立場であった。

 習近平は中国の食糧安全問題を重視しており、国家糧食物資備蓄局は、食糧備蓄に関する自分の権限を強化するために新設した省庁だった。だが、結果的に中国の糧食システムを混乱させた。特に昨年の異常な国際マーケットでの食糧買い占め問題や、新型コロナ禍で流通が寸断される中での、家庭・地域における食糧備蓄令による食糧高騰や不足、官僚の食糧横流し問題が人民の強い不満を引き起こしていた。党内では習近平の食糧備蓄政策は失敗という見方が濃厚だ。

 張務鋒の汚職・腐敗の中身についてはまだ詳細は報じられていない。彼が最後に公式の場に登場したのは、5月23日、北京で開催された全国糧食物資備蓄ハイテク・人材興糧興備工作経験交流会だった。この交流会では、「天下の食糧庫」管理強化と「大国備蓄」強化のキャンペーンを打ち出していた。

 3月下旬から4月19日にかけて党中央規律検査委員会の中央巡視組(汚職Gメン)が国家糧食物資備蓄局に調査に入ったのが張務鋒失脚の決定打になったようだが、今年(2022年)1月、中国儲備糧管理集団(中儲糧)の元党員で副総経理の徐宝義がすでに失脚していた。中儲糧は国家発展改革委員会、国家糧食物資備蓄局の命を受けて中央の投資プロジェクトの基本建設計画を組織し、実施していた。ほかにも糧食備蓄分野においては中糧集団の総会計士の駱家駹や、旧国家糧食局の元局長の顧艶華、元福建省糧食局副局長の黄敬和、江蘇省糧食物資備蓄局副局長の曹衛東らが次々汚職で摘発されていた。