文=松原孝臣 写真=積紫乃
浅田真央、宇野昌磨らを指導
発表してから、ひと月あまり。
「反響が大きくて、びっくりしました」
フィギュアスケートのコーチ、樋口美穂子は笑みを浮かべる。
本人にとっては意外であったかもしれない反響を呼んだニュースがフィギュアスケート界に駆け巡ったのは、3月15日のことだった。
それは樋口がコーチを務めるグランプリ東海クラブから独立すること、新たにスケートクラブを立ち上げることを伝えるものだった。
反響が大きかったのは、ここまでの来歴による。
グランプリ東海は、山田満知子コーチが長年にわたり指導を務めてきたクラブだ。屈指の名門クラブでもある。出身者には伊藤みどりをはじめ浅田真央、恩田美栄、中野友加里、村上佳菜子、宇野昌磨らそうそうたる名前が並ぶ。現在も国内外の大会で活躍する選手たちがいる。
山田のかたわらには、いつも樋口がいて、ともに指導にあたってきた。山田の教え子であった樋口は二十歳で競技生活から退くとそのままコーチとなった。その年月は31年を数える。キスアンドクライでも山田と樋口の2人が選手の左右にいる光景は珍しくはなかったし、樋口のみが国内外の大会に参加する選手に帯同するケースも増えていた。いずれは山田の後を樋口が継ぐのではないか。そう推測する人がいるのも、無理はなかった。それもあって、樋口の独立は、反響を呼んだ。
その決断は、瞬間的に思いついたことではなかった。
「ここ数年、揺れ動いていました。決して強い思いというわけではなかったけれど、『こうしたいな』という気持ちが少しずつ強くなっていったという感じです」
ただ、樋口は「クラブを立ち上げたいというよりは」と、それが最優先ではなかったことを示唆する。
「いろいろ推測される方もいるかもしれませんが、『小さい子をもっと見たい、選手が小さいときからきちんと見ていきたい』、そういう気持ちが強くなっていったことがいちばんの理由でした」