西村京太郎さん(2009年1月30日撮影)写真=今井 康夫/アフロ

(田丸 昇:棋士)

トラベルミステリーの巨匠

「十津川警部シリーズ」に代表されるトラベルミステリー小説で人気を博した作家の西村京太郎さんは3月3日、肝臓がんのため91歳で死去した。大ベストセラー作家として生涯で約650冊を書き上げ、累計発行部数は2億部を超えた。それらの小説の中には、将棋を題材にした作品もあった……。

 西村さんは1930年(昭和5)に東京都で生まれた。旧制中学を卒業後、現在の人事院の前身にあたる役所に勤めた。しかし、作家志望の夢を捨て切れず、10年後に退職した。以後は、トラック運転手、保険外交員、警備員、私立探偵などの職を転々としながら、小説を書き続けた。

 若い頃から旅行が好きで、全国各地に行った。鉄道も好きで、夜行列車によく乗った。新型車両や新路線には、必ず見に行ったり乗車した。そんな経験が後年に、トラベルミステリーを書く下地となった。

 1961年に作家デビューした。初期の作品は社会派の傾向が強かったが、ある時期からミステリー小説を手がけた。

 転機となったのは、1978年に発表した『寝台特急殺人事件』。当時の子どもたちに人気があったブルートレインを題材にした。実際に東京から鹿児島まで乗車し、一睡もしないで取材して書き上げた小説は大ヒットした。

 その後、警視庁捜査1課の十津川警部が事件を解決する一連のトラベルミステリー小説で、人気作家の地位を不動のものとした。テレビでドラマ化もされ、三橋達也、高橋英樹、渡瀬恒彦、内藤剛志らの名優が十津川警部を演じた。

将棋を題材にしたミステリー小説

 西村さんは1997年(平成9)に文芸誌「小説現代」で、将棋を題材にしたミステリー小説を連載していた。表題は『十津川警部 千曲川に犯人を追う』。

西村京太郎著『十津川警部 千曲川に犯人を追う』 (講談社ノベルス)

 名人戦に挑戦した棋士に殺人の疑いがかかる衝撃的な設定だ。将棋界と棋士を綿密に描写し、結末のどんでん返しは、西村ミステリーならではの面白さにあふれている。

 実は、私こと田丸昇九段は当時、「小説現代」で将棋の評論記事を連載していた。そんな縁によって、担当編集者と同行して神奈川県湯河原町の西村さんの自宅を訪れる機会があった。少年時代の将棋の思い出、将棋の小説を書いたきっかけを伺った。

 西村さんが父親から将棋を習ったのは小学生の頃。父親に連れられて近くの将棋道場に通った。

「父は私に、将棋用の着物を作って着せました。道場に行くと、受付の人が出席簿みたいな用紙に判子を押してくれるんです。1年ぐらい通いましたかね……」

 西村さんは社会人時代に囲碁や麻雀に興じたが、将棋を指すことはなかった。しかし、知り合いの編集者と何十年ぶりに指してみたら、意外とできるので楽しかったそうだ。その後、NHKの将棋番組を見たり、初級者向けの将棋ソフトと指すと、将棋の面白さに目覚めたという。それが契機となり、将棋のミステリー小説を初めて書いた。