1998年、王将戦第2局。左から、羽生善治王将(当時27)、立会人の田丸八段(同47)、佐藤康光八段(同28)。2日目の9時の開始時には、両対局者が1日目の指し手を並べた後、立会人が封筒を開封して封じ手を読み上げ、両対局者に図面用紙を提示する。佐藤の封じ手は想定内だったのか、羽生の表情に変化はない。写真提供=田丸 昇

(田丸 昇:棋士)

2日制タイトル戦で行われる「封じ手」

 2日制タイトル戦(竜王戦・名人戦・王位戦・王将戦)では、1日目の夕刻に「封じ手」が行われる。

 立会人の棋士は定刻の18時になると、手番の対局者に「封じ手の時間になりました」と伝える。その対局者は別室に移り、2枚の図面用紙に次に指す手を記入する。それが封じ手である。

 その対局者は、図面用紙を別々の封筒に入れて封印し、所定の箇所にサインする。対局室に戻ると立会人に渡し、立会人から封筒を受け取った相手の対局者も同じくサインする。

 封じ手の封筒の表には、両対局者と正・副の立会人の名前のほかに、棋戦名・日にち・対局場の所在地と名称が事前に書かれてある。

 2通の封じ手の封筒は、正立会人が1通を自分の部屋の金庫に収め、もう1通は対局場の金庫に収められる。

 そして、翌日の対局開始時に封じ手を開封し、記入しておいた手を指すことで対局を続行する。

「封じ手」は公平性を保つためにある

 ところで、封じ手はなぜ必要なのか?

 1日目の終了時に手番の対局者が盤上で指した場合、相手の対局者は2日目の開始時まで、その手について考えることができる。

 1日目の終了時に手番の対局者が指さなかった場合、当の対局者は2日目の開始時まで、自分の手を考えることができる。

 つまり封じ手は、どちらかの対局者が時間的に有利にならないように、公平性を保つためにある。

 18時の封じ手時刻の15分ぐらい前になると、手番の対局者が封じ手を行うのが慣例である。

 記録係は2枚の図面用紙に、現在の局面を少しずつ書いて準備する。定刻の間際に指すこともあるので、指す可能性が低い駒から書いていく。手番の対局者が定刻の前に、「図面を書いておいてください」と記録係に言えば、封じ手を行う意思表示になる。

 私こと田丸は、タイトル戦の対局の経験がないので、1日目の封じ手を「行った側」と「受ける側」の技術面や心理面の違いはよくわからない。経験が豊かな棋士は、どちらでも気にしないだろう。ただ未経験の棋士は、少しばかり心配かもしれない。