1996年、羽生と森内の名人戦の場合
1996年の名人戦は、羽生善治名人(当時25)に森内俊之八段(同25)が挑戦した。両者は同世代の好敵手だったが、森内はタイトル戦に初めて登場した。
名人戦第1局の1日目の夕刻。立会人の棋士が「そろそろ封じ手の時間に・・・」と言いかけたとき、手番の森内が「えっ、私、指すつもりでいたんです」と異議を申し立てた。そして、自分の腕時計を見ながら「時間を合わせておいたんです」と言って、ピシリと音を立てて指したのだ。
相手の羽生も控室の関係者も、それには驚いたが、森内の行為はルール違反ではない。
森内は、慣れない封じ手を避けたのか、それとも羽生を挑発したのか・・・。その真意は不明である。
現在は、タイトル戦の対局での時間設定は、記録係の時計(主に電波時計が用いられる)を基準にすることになっている。
「封じ手」はいつ指してもいい?
封じ手の時刻になっても、手番の対局者はすぐに指す必要はない。自分の持ち時間を使って、任意の時刻に指せる。だいたい30分以内に指すのが普通である。しかし、指し手の選択が広かったり難しい形勢の局面では、簡単に指せない状況になる。
私が立会人を務めたある対局では、手番の対局者が延々と考え込み、封じ手が20時を過ぎたこともあった。
対局者や関係者の夕食を準備していた対局場の関係者は、気をもんだことであろう。お酒や料理に早くありつきたい私は、「そろそろ指してよ・・・」と内心で思ったものだ。