(土田 陽介:三菱UFJリサーチ&コンサルティング・副主任研究員)
欧州連合(EU)の執行部局である欧州委員会は2月8日、欧州半導体法(European Chips Act)の草案を公表した。欧州委員会はこの法律に基づき、経済活動に不可欠な半導体の研究開発投資に官民で430億ユーロ(約5.7兆円)を支援し、半導体の安定供給の実現を目指そうとしている。そのうち、いわゆる「真水」は110億ユーロだ。
欧州委員会は2021年3月、世界の半導体生産高に占めるEUのシェアを2030年までに現在の10%から20%以上に引き上げる方針を掲げた政策文書を発表した。同年9月には、フォンデアライエン欧州委員長が施政方針演説の中で、欧州半導体法の立案を表明している。今回の欧州半導体法の草案の発表は、こうした一連の流れの中に位置付けられる。
【参考資料】
◎EUが発表した政策文書(https://ec.europa.eu/info/sites/default/files/communication-digital-compass-2030_en.pdf)
◎フォンデアライエン欧州委員長による施政方針演説(https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/SPEECH_21_4701)
欧州半導体法の草案に先立つ2月4日、米国でも520億米ドル(約6兆円)規模の半導体支援を含む競争法案が下院で可決された。この審議に関しては、賛成が222票に対して反対が210票と僅差であり、米国内でも議論が二分化している。上院が可決するにしてもこれから数カ月先のことであり、法案自体、何らかの修正が施される可能性は否定できない。
【関連資料】
◎下院を通過した米国の競争法案(https://docs.house.gov/billsthisweek/20220131/BILLS-117HR4521RH-RCP117-31.pdf)
日本でも半導体の安定供給を目指し、昨年の12月に関連法案を成立させ、2021年度補正予算で7270億円を計上している(ポスト5Gを念頭とした技術開発に1100億円、生産拠点確保に6170億円)。また、将来的に官民合わせて1兆4000億円超の調達を目指すとしているが、少なくとも金額の規模に関して日本は見劣りが顕著だ。
競争重視から育成重視に産業政策を転向した欧州
EUの産業政策は、もともと競争を重視していた。EUの単一市場は、平等な競争条件の下でしか成り立たない。それゆえに、各国の政府や企業はEUで経済活動を行う上では、EUが定めた競争条件に従う必要がある。平等な競争条件の設定を重視し、政府による介入を極力排するドイツ流のオルド自由主義(Ordoliberalismus)の影響が色濃いとも言える。
もっとも、米国と並ぶスーパーパワーを目指したEUだったが、2010年代前半の債務危機で経済の低迷を余儀なくされ、米国との距離は離れる一方だ。他方で、後ろからは急速に力を蓄えた中国が迫っており、追い越されるのは時間の問題である。そこで、欧州統合が一服したこともあり、EUは米中を念頭に、域内の産業の育成に政策の舵を切ったのだ。