量子力学の誕生からおよそ100年。今日、半導体をはじめ、LED、レジの精算用スキャナーなど、我々の日常生活を支える様々な技術やツールに応用されている。しかし、その本質はいまだ謎に満ちている。
コペンハーゲン解釈を生み出し、物理学史に輝くニールス・ボーアと、孤高の天才アルベルト・アインシュタインの巨匠が挑み、後続の天才物理学者たちが次々と研究に人生を捧げた量子力学──。第二次大戦を背景に物理学はいかに変わったのか。『実在とは何か 量子力学に残された究極の問い』を上梓した、サイエンスライターのアダム・ベッカー氏に話を聞いた。(聞き手:尾形 和哉、シード・プランニング研究員)
※記事の最後にアダム・ベッカー氏の動画インタビューが掲載されていますので、是非ご覧下さい。
──「実在とは何か」。本書は量子力学の変遷を描いたサイエンス・ヒストリーですが、そのタイトルには哲学のような響きもあります。ベッカーさんは物理と哲学を学び、Ph.D.を取得したサイエンスライターです。物理学と哲学には関係があるのですか。
アダム・ベッカー氏(以下、ベッカー):物理も科学も、昔は自然哲学の一部でした。最初の物理学の教科書は、哲学者のアリストテレスが書いたものだったのです。
哲学は、我々が世界を認識するための概念や理屈の構造を考えさせる学問です。その結果、しばしば新しい領域が生まれます。哲学からスピンオフする形で生まれる、新しい分野です。
そして、概念が発展してくると、哲学から分離して独自分野になる。言語学や認知科学、論理学なども哲学から分離したものです。哲学は様々な分野のルーツであり、あらゆる分野のコンセプトの基礎であり続けている重要な学問です。
第二次大戦前、物理学を学ぶのに哲学は必須科目でした。アインシュタインやボーアの時代の物理学者には、哲学分野に関する知識がありました。戦後、科学へのニーズが高まり科学が拡大すると、哲学が省かれ、細分化が進み、物理学を専攻する学生に教えられる内容が変わってしまったのです。
これに対して、哲学の方には「物理学の哲学」という分野があり、それを学んだ人は物理を理解している。「物理学の哲学」は物理学の構造の概念的な基礎でもあります。