なぜ、赤信号なのに停止しなかったのか? その理由については、

「交差点の先の左の路肩に駐車車両が見えた。自車線をそのまま進めばその車を避けなければならない。日ごろから右へ車線変更するのが苦手だったので、他の車が赤信号で止まっているうちに先へ進み、車線変更をしてしまおうと思った」

 という内容のにわかに信じられないものだった。

事故現場の交差点(筆者撮影)

「過失運転致死傷」の容疑で送検された高久容疑者は、事故から1年以上経過した2021年3月31日、交通事故としてはもっとも量刑の重い「危険運転致死傷」で在宅起訴された。

 危険運転致死傷罪の条文には、『赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為』と記されている。つまり東京地検は、今回の高久容疑者の行為は「殊更に(信号を)無視」に当たると判断したことになる。危険運転致死傷罪は裁判員裁判となり、6月から公判前整理手続きが行われている。

初公判直前、異例の期日取り消しに疑問

 ところが、11月19日に東京地裁で予定されていた初公判の期日が、11月に入って突然取り消しとなり、来年に延期されることになったのだという。

「こんなことが許されるのでしょうか。被告側の弁護人は書面提出期日を守らないことが度々あり、裁判の迅速化という制度趣旨を遵守しているとは思えませんでした。挙句の果てに、予定されていた初公判の期日も、被告側の身勝手な主張によって公判前整理手続きに不調をきたしたようで、結局、大幅に延期となりました。しかし、我々被害者遺族は何も文句が言えず、ただ振り回され、耐え続けなければならないのです」

 現時点で、すでに事件発生から1年8カ月が経過している。暁生さんは待ち続けなければならない苦しみをこう語る。

「起訴されるまで事件から1年、起訴されてから初公判までまた1年・・・、結局2年もの月日が経ってから裁判が開かれるなど、あまりに時間がかかり過ぎではないでしょうか。被告は在宅起訴なので、その間、日常の生活が送れます。一方、我々被害者遺族は、常にキリキリとした気持ちに苛まれながら、それでも静かに、理性的に待ち続けなくてはならないのです」

 公判前整理手続きという制度は、『充実した公判の審理を、継続的、計画的かつ迅速に行うことができるように』との目的でつくられたはずだ。今回のように、被害者側に何の落ち度もない事故であっても、いざ「危険運転致死傷罪」で起訴されると、裁判が長期化するケースが少なくないのが現状だ。

「我々の場合、全くもって常識では考えられないような運転操作によって信号無視が引き起こされ、今回の事件が発生しています。しかし、この1年8カ月、被告からの直接の謝罪は一切なく、本人が自ら事件と向き合い、真摯に反省している様子は全く伝わってきません。現実に、これほど悪質な事件なのに、未だに罰を与えられないままなのです。おそらく、飲酒ひき逃げや、制御困難な高速度での事件も、危険運転の構成要件がわかりにく過ぎて、長年苦しんでいる被害者遺族は多いのではないでしょうか」(暁生さん)

波多野さん夫妻にとって何よりの宝だった耀子さん(波多野さん提供)