この事故のその後の捜査や裁判についてはここでは詳しく触れないが、片岡さんは事情がつかめないまま逮捕され3日間拘留。3カ月後には免許取り消しの行政処分を受け、長年従事してきたバスの運転手という職を失った。そして7カ月後、業務上過失致死罪(当時)で正式起訴。裁判で片岡さんは「バスは止まっていた」と主張し、バスが飛び出したとする容疑事実を全面的に否認したが、2007年6月、一審の高知地裁は複数の目撃証言を一切採用することなく、「真摯な反省の情を示すところがない」と、禁錮1年4月の実刑判決を下した。

 片岡さんはすぐに控訴したが、高松高裁は即日結審し、一審判決を支持。片岡さんは最高裁へ上告したが棄却されたことで実刑は確定し、2008年10月、兵庫県の加古川刑務所に収監されたのだった。加古川刑務所は、千葉県の市原刑務所と共に、「交通刑務所」として知られる矯正施設だ。ちなみに片岡さんは無事故・無違反だったという(*「交通刑務所」とは法令で定められた名称ではない。交通事故犯が多く収容されるため、市原刑務所と加古川刑務所が一般的にそう呼ばれている)。

 上記記事でも書いた通り、交通事故の場合は死亡事故であっても約96%は執行猶予が付く。つまり「実刑」になるケースは極めて少ない。

 では、交通事故による「禁錮刑」とは具体的にどのようなものなのか・・・。

 今回は2008年10月23日から2010年2月23日までの488日間、冷房も暖房もない3畳の単独室に収監されたという片岡さんに、その実態を伺った。

死亡した白バイ隊員の冥福を祈りながら刑期を全うしようと腹を括る

――片岡さんは無罪を訴えながらも、1年4カ月間、仮釈放なしで禁錮刑を満了されたわけですね。

片岡晴彦さん(以下、片岡) そうです。刑務所に収監された直後は、「何で自分が・・・」という思いに苦しみました。もしこの裁判で、「停止中のバスに白バイが突っ込んだ」という事実認定がなされ、その上で、禁錮刑を言い渡されたのなら、私は控訴などせずそのまま刑務所へ行くつもりでした。でも、判決文に書かれた事故状況は、事実とまったく違うのです。私は決して急ブレーキをかけるような運転はしていません。でも、どうせここから出られないのなら「自分は犯罪者なんだ」、そう割り切って、亡くなった白バイ隊員の冥福を祈りながら過ごそうと決めました。それでも本当に辛かったです・・・。

「高知白バイ事故」で実刑判決を受けた片岡晴彦さん(筆者撮影)