さっそく、遺体を運ぶ準備に取りかかる。まずは木にぶら下がっている遺体を、そのまま死体覆いシートで包み込む。大量に群がっていた虫たちも一緒に包むので、念のためシートを何枚も重ねて簀(す)巻きの状態にしておく。
鑑識資器材の中から二段脚立を取り出した私は、若手刑事に指示を出す。
「俺が下で遺体を受け取るから、君は脚立に上がって木にくくられているひもを切ってくれ。あとで切った部分はセロハンテープでつなぎ合わせてもどすんやで」
首を吊った「ひも」は重要な物証となる。そのため、ひもの状態や結び目など、可能な限り現状保存するのが捜査の鉄則だ。
蛆虫の雨
私は変死用のエプロンやゴーグル、マスクなどを装着すると、遺体の腰あたりに両手をまわして抱えあげようとしたが、足場が悪くて踏ん張れない。そこで姿勢を反転。遺体を背負うような格好で受け止めることにした。
「ほな、切りますよ」
若手刑事の掛け声に、私は腹筋に力を込めて返答する。
「よし、こい!」
次の瞬間、私の背中にどさっと遺体がのしかかってきた。遺体は想像以上にかたくて、重い。足がよろけて遺体を背負ったまま、真後ろにひっくり返りそうになったが、前傾姿勢にもどしてなんとか耐えた。しかし、そのはずみで死体覆いの隙間から、大量の蛆虫がこぼれ出てくる。首もとを直撃する蛆虫の雨に、さすがの私も絶叫した。
「あかん、袋や袋! はよぅ、極楽袋(遺体収納袋)を開けてくれ!」
脚立から飛び降りた若手刑事が、急いで極楽袋の口を開く。私は地面にひざをつき、遺体を極楽袋に素早くおさめる。そして、袋のファスナーをすぐに閉めて、遺体とともにおびただしい数の虫たちを封じ込めた——。