大阪府警におよそ38年間勤務した筆者・村上和郎氏は、そのキャリアの多くを所轄署の鑑識係として送った。その間に扱った変死体は4000体ほど。「死」の原因は、事件、事故、自殺、病気、老衰など様々だが、それらは凄惨な死である場合がほとんど。人生の悲哀が凝縮された死と言ってもよい。過酷な最期を迎えることになった遺体と日々向き合いながら、村上氏は故人に対するリスペクトにも似た気持ちを覚えるようになった。いつしか同僚から「おくりびと」と呼ばれるようになったのも、その気持ちがあったからだろう。
その村上氏が著した『鑑識係の祈り――大阪府警「変死体」事件簿』(若葉文庫)より、一部を抜粋・再構成して紹介する。
*本記事には凄惨な描写が含まれています。
血染めの首吊り遺体
戦後の闇市からはじまった鉄道高架下の商店街に、小さな呉服店があった。
その日、店員が出勤すると、店のシャッターがひざの高さほど開いていた。店の中をのぞいてみると明かりは点いていたが、人の気配はない。
いつもなら、店主が店番をしている時刻だ。不審に思った店員はシャッターをくぐり抜けると、店主を呼びながら事務所がある2階へ向かう。
階段を上りかけていた店員の足が、あるものを見てピタリと止まる。
店員の目に飛び込んできたのは、2階の手すりに着物の帯ひもをかけて首を吊っている店主(70代)の変わり果てた姿だった。
店主の胸や腹のあたりは、大量の血痕で真紅に染まっていた——。