これは地方の小さな「弁当屋」を大手コンビニチェーンに弁当を供給する一大産業に育てた男の物語である。登場人物は仮名だが、ストーリーは事実に基づいている(毎週月曜日連載中)
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平成22年:63歳
幼稚園から小学校の低学年の頃まで、恭平は人見知りの激しい内気な子供だった。
授業中に問題を出され、解っていても真っ直ぐに手を上げることができず、中途半端に肘を折って手を上げ、先生と目が合いそうになると途端に肘を下げていた。
そんな恭平が唯一、鼻高々と自信に満ちる瞬間があった。
それは、父兄参観日。
教室の後ろに並んだ母親たちの中に、着物姿の母親を見つけた時の喜びと誇らしさが入り混じった感情のトキメキを、恭平は今も懐かしく思い返すことができる。
高揚した気分を懸命に抑えながら、恭平は女の子たちの会話に耳を傾けるのだった。
「やっぱり、本川君のお母さん、きれいよね」
「すっごく、優しそう…」
「あんなお母さんだったらいいなぁ~」
恭平は一言たりとも聞き漏らすまいと身体中の神経を耳に集中しながらも、そんな気配を感じさせないよう、女の子たちはもちろん母親さえも無視した風を装うのだった。
当時の恭平は誇れるものを何も持たず、常に一歩引いて陰に隠れてばかりいた。
それでも自慢の母親を喜ばすことが自身の喜びとなるにつれ、小さな自信めいたものが生まれ、人前で話すことも平気になり、ついにはリーダーシップさえ発揮できるようになったのは、母親の笑顔のお陰かも知れない。
どこかで母親に似た女性を追い求めていたのだろうか。
結婚後、初めて恭平の母親に会った多くの人が、「妻・淳子の母」と勘違いされることが重なり、その勘違いが妙に嬉しかった。
そんな母親を89歳で喪った恭平は、何故か一人で小学校の教室に座っていた。
振り返って母親の姿を探した63歳の恭平は、視線を宙に泳がせ唇を噛んで目を閉じた。