これは地方の小さな「弁当屋」を大手コンビニチェーンに弁当を供給する一大産業に育てた男の物語である。登場人物は仮名だが、ストーリーは事実に基づいている(毎週月曜日連載中)

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平成19~27年:60~68歳

 ジャパフロフーズとの業務提携から1年を経た晩秋、紅葉銀行の太田浩司常務から面会を求める電話があった。太田常務は、ダイナーウイングが兵庫工場から撤退する際の救世主的アドバイザー、河原淳常務の後任だった。

「何事ですか?」問い返す恭平に対し、「折り入っての頼みがあるんです」と答えられ、「銀行から頼まれ事なんて気味が悪いから、今すぐ教えてください」と懇望しても、「会ってから、お話しします」の一点張りだった。

 軽い危惧を覚えたのは全くの杞憂に過ぎず、面会案件は千載一遇の朗報だった。

 広島に本社を置く中堅食品スーパー「マインズ」は、経営破綻した九州の食品スーパーを買収するなど多店舗化を推進したのが裏目に出た。窮状を救うために専務として派遣されたのが紅葉銀行の河原淳常務だった。

 しかし、専務としての奮闘も空しくマインズは、年商1兆円達成を目指しM&Aを重ねる地場大手スーパー「スプリング」の連結子会社になった。

 その責任を一身に負うて河原専務は退職を決意し、熱心な慰留をも振り切って退職した。慌てたのは紅葉銀行で、常務まで務めた逸材を失職させる訳にはいかないと、太田常務が再就職先を斡旋すべく面談に及んだ。

「何処か、希望される会社はありますか?」元上司でもある河原淳に尋ねたところ、「ダイナーウイングの本川さんにお願いしてもらえないか…」意外な名前が浮上した。

 太田常務にとっては意外な指名も、恭平にとっては望外な指名だった。

「願ってもないことです。我が社で良ければ、是非ともご入社いただきたい!」

 恭平は即断!即決!即答!した。

 数年ぶりに再会した河原淳は相変わらずダンディーな紳士で、大学時代にグリークラブで鍛えた低音での悠揚迫らぬ語り口は、恭平にない落ち着きと大人の風格が感じられた。

「このたびは我が社をご指名いただき、誠に光栄です。是非ともご入社いただき、存分に辣腕を奮ってください。現在は私が社長を兼務していますが、来年5月の株主総会において、河本敦史を社長に昇格させますので、副社長として彼を助けてやってください」

「いやいや、いきなり副社長だなんてとんでもない。経理のお手伝いでもさせていただければ充分です」

「何を言っておられるのですか。そんな勿体ないことできませんよ。勝手を申し上げますが、来月の1日から出勤していただくことは可能でしょうか? 12月はクリスマスケーキやおせち料理など1年で最も忙しい時期なので、それを体験していただきたいのです」

「もちろん、大丈夫です。銀行時代とは違い、食品スーパーを経験していますので、土曜日でも日曜日でも出勤させていただきます」

「ありがとうございます。きっと、マインズでの経験は活かされると思います」

 顧問として入社後の仕事ぶりは目を見張るものがあり、「数字より筋」を標榜する恭平とは真逆の、「数字から筋」を的確に把握した提案の一つひとつは、実に説得力があった。

 翌年5月の株主総会において、河本敦史を代表取締役社長に河原淳を副社長に昇格させる案に異議はなく、爾来、2人の活躍のお陰で恭平は手持無沙汰に困惑するほどだった。