理科系はともかく、社会科学系の学者は、今回の任命拒否された6人もそうであるが、政治的見解を述べるのは仕事の一環でもある。だから、学術会議に文化系の枠を設けていること自体がおかしいのである。

 さらに言えば、理科系の学者を取り上げても、たとえば今回の新型コロナウイルス対策について、学者によって意見が異なっている。したがって、日本学術会議が組織として一つの見解を述べることが間違っている。個々の学者が自由に見解を述べればよいだけの話である。

 ところが、この組織は、1954年には核兵器研究拒否の声明を出しているし、2017年には軍事研究に関する政府の助成制度を「問題が多い」と批判している。組織としてのこのような活動は問題が多い。多様な意見が尊重されるべきなのが民主主義であり、それに反するような日本学術会議は不要だというのが私の見解である。

なぜ世論の反発を予想できなかったのか

 この問題は、まだ後を引きそうである。前例踏襲をやめて行政改革を断行しようという菅首相にとっては打撃である。下手をすれば、安倍首相にとっての森友・加計問題のような展開になるかもしれない。

 実質的に判断を下したのは、事務方のトップである杉田和博官房副長官であるとされているが、彼にしても、ここまで世論の反発を招くとは思わなかったのではあるまいか。

 なぜ、このような戦略ミスを犯してしまったのか。

 少々乱暴だが、政治家のパターンを二分すると、「イデオロギー型」と「実務型」に分類できる。右派の旗を高く掲げて、極右陣営にまで支持を拡大したのが安倍首相であり、これが典型的なイデオロギー型である。これに対して、思想信条を前面に出さずに、コツコツと実績を積み上げていくのが実務型で、これこそが菅首相の真骨頂である。

 次々と提案する携帯電話料金の引き下げ、不妊治療の保険適用、オンライン診療の恒久化、地銀の再編、デジタル庁の創設、縦割り行政の打破などの政策を見れば、そのことがよく分かる。これは、左翼であれ、右翼であれ、政治信条とは無関係に行いうる実務なのである。