切り花事業で急成長したインド企業の不始末

吉田:グローバル企業が孕むもう一つの問題は、最後の第6章で取り上げましたが、かつての植民地時代のプランテーション、大農園経営のような形で土地が収用されていることです。食料や飼料作物の生産、バイオ燃料、炭素クレジットの獲得などのための大規模農地の確保の動きは「ランドグラブ」(Land Grab:土地収奪)と呼ばれています。

 僕の考えでは、外国企業が一方的に搾取をし、アフリカの人々が搾取されている、という側面だけでなく、投資を受ける国の政府の問題もあると思います。投資を受ける側の国の政府は、投資をどんどん呼び込みたいためにさまざまな規制を緩和し、非常に安く国の土地をリースしてしまっている。

 例えば、インドのカルトゥリ社は、バラの切り花栽培事業で急成長を続けた会社で、2009年にエチオピア政府と約30万ヘクタールもの巨大な土地取引契約を結びます。東京都を上回る広大な土地がインドの一企業にリースされたということです。

 ところが、賃金の不払いや劣悪な労働環境を理由とした地域住民のデモなどもあり、2017年にカルトゥリ社はエチオピアでの大規模農地プロジェクトから撤退を表明。リースされたほとんどの土地が未開墾のまま残されました。外国資本の大企業の問題であると同時に、投資受け入れ国の政府側の問題でもあるのではないでしょうか。

──アフリカには肥沃な土地やダイヤモンド、石油など豊富な天然資源があるというイメージがありますが、資源は必ずしも国家に繁栄をもたらすわけではないのでしょうか。

吉田:資源がただちに国家の繁栄、発展につながるわけではないというのはその通りだと思います。第4章ではアルジェリアの石油資源が国家の繁栄と発展をもたらす「天の祝福」とならずに「資源の呪い」となってしまった理由と、アルジェリアの独特の権力構造について書いています。

鉱物資源の発見とともに不安定化したマダガスカル

吉田:例えば、アルジェリアはアフリカ有数の産油国であり、天然ガスの世界有数の資源国です。しかしアルジェリアは1962年の独立から半世紀以上、石油と天然ガスを産出し続けているにもかかわらず、経済がほとんど発展していません。むしろ90年代には経済状況は悪化し、イスラーム急進派によるテロが深刻化しました。

 1999年に就任したブーテフリカ前大統領は、フランスとの独立戦争で民族解放軍に参加し、70年代に外相を務めた人物です。1992年から2010年ごろまで続いたアルジェリアのテロは10万人以上の犠牲者と、100万人以上の国内避難民を生み出しました。

 このように、テロとの戦いに国民が疲れ果てていた中、ブーテフリカ前大統領は当初テロを封じ込めて経済を立て直すと期待されて大統領に就任しましたが、最終的には独裁政権という形になってしまいました。約20年間続いた長期政権は2019年民衆のデモによって退陣を迫られました。

 もう一つ、資源と国家の発展の問題については第3章でマダガスカルの資源開発の問題を取り上げています。マダガスカルで資源が非常に有望視されるようになったのは、ここ十数年ぐらいです。それまでは独裁的な政権でしたが、紛争やクーデターというのがほとんど起きていない国で、アフリカの中では比較的安定した政権を維持している国でした。

 その後、マダガスカルに石油、鉄鉱石、ウラニウム、金などの資源が埋蔵されていることが分かり、多くの大企業が注目をするようになっていきます。そして、ラチラカとラヴァルマナナという2人の大統領が並立するという混乱や、2008年にはラヴァルマナナ大統領が主導していた大規模農地開発プロジェクトの存在が明らかになり、民衆の不満が蓄積されていった結果、クーデターが起こるなど、非常に政治的に不安定な国になってしまった。

 資源開発と政情が不安定になったことの直接的な因果関係を証明するのは非常に難しいのですが、資源があるからすなわちその国の繁栄を導くということではない、ということはいえるのではないかと思います。

アフリカの前途に影を落とすコロナリスク

──新型コロナウイルスの蔓延があり、各国の経済状況は大きくゆがみ始めています。ウイルスの蔓延が今後どこで勢いを増していくのかも想像できません。アフリカのこれから、各国の投資や開発はどのようになっていくというイメージをお持ちですか。

吉田:新型コロナウイルスの感染拡大について、今後どうなっていくかというのはまだ誰も予測つかない状況だと思います。

 例えば、昨日(8月17日)ジョンズ・ホプキンズ大学のサイトで確認したところ、マダガスカルでは1万3800人のコロナの感染者が出ています。この感染者数は我々からするとまだ少なく、まだ感染爆発はしてないという印象です。ところが、マダガスカルの友人のメールによると、統計はPCR検査して判明した数にすぎず、実際にはマダガスカルだけでも数十万人規模で感染者が出ているのではないか、ということでした。

 今後のアフリカの投資や経済の状況というのは、世界経済が新型コロナの感染によってどうなるかによって大きく変わってくると思います。早い段階で収束し、経済需要が回復をしていく中で再び資源価格や石油価格が高くなっていけば、数年後には資源開発が復活していくでしょう。

 逆に現在の状況が長引いて世界経済の回復が遅れ、悪化していくと、資源価格が低迷し続け、産油国の財政収支の悪化が続きます。さらに、債務が拡大する状況になると、やはり過去の歴史からみても極めて不安定な情勢になり、紛争やテロが再燃してしまう可能性があると思います。

──アフリカ進出を検討する企業にアドバイスがあれば教えてください。

吉田:ビジネスの領域でいえば、資源への投資はリターンも大きい一方で、経済的・政治的リスク、政策変更リスクなど大きなリスクがあると思います。

 本の中では第4章で、撤退せざるを得なくなり失敗してしまったプロジェクトの例として、2006年に日系建設会社(COJAAL)と中国の企業が請け負ったアルジェリアの高速道路の建設事業を挙げました。これはブーテフリカ前政権下で行われた大規模プロジェクトで、東はチュニジア、西はモロッコの国境をつなぐ全長1216キロメートルの東西高速道路建設事業でした。

 このプロジェクトがなぜ成功しなかったかというと、中国のインフラ投資のように、中国人が全部作って帰っていくというような投資が増えてしまった結果、アフリカの政府の開発を担当する大統領や大臣が技術者を育成するよりもプロジェクトを完結、完成させることを優先してしまったからではないかと考えています。

 この高速道路建設事業では、工期が短いためにアルジェリア人の技術者を育てるという長期的な観点が欠けていました。日本の企業の方々は長期の大きなインフラ投資や開発するのであれば、海外から技術者を調達するだけでなく、同時にアフリカの技術者を育てていくような、人材育成といったソフト面の開発を含めたものを目指すべきだと思います。

(構成:添田愛沙)