2018年4月27日、板門店の「平和の家」で韓国の文在寅大統領との会談に臨む、北朝鮮の金正恩委員長と実妹・金与正氏(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

 脱北者によるビラ散布を口実に、4日から韓国への誹謗中傷を続けてきた北朝鮮が、批判のボルテージを一段階引き上げた。9日、南北間のすべての通信ラインを断絶し、「対南事業を敵対事業に転換する」と表明したのだ。

 韓国統一部によれば、北朝鮮は過去に少なくとも6度、南北間の通信ラインを断絶してきたが、金大中、盧武鉉といった左派政権時代にはなかったことであり、「対敵事業」という用語を公にするのは今回が初めてだという。韓国政府の安保関係者によれば、「北朝鮮は李明博、朴槿恵政権時代にも大統領と韓国軍首脳部を『逆賊』『好戦狂』などと呼び、『もう付き合うことはない』といったことはあるが、面と向かって『敵』といった記憶はない」ということである。

 言うなれば、北朝鮮は過去最大級の怒りを以て、韓国に対峙し始めたわけだ。北朝鮮が、韓国文政権を「敵」とすることで、今後は「言葉」ではなく「行動」で挑発する可能性が高まったと言えるだろう。

 北朝鮮による、今回の対南非難の意味、今後の見通しについて考察する。

通信ラインの断絶は最初の一歩に過ぎない

 9日、朝鮮中央通信は、金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党中央委員会第一副部長と金英哲(キム・ヨンチョル)朝鮮労働党副委員長が「段階的敵対事業計画を審議した」と明らかにした。これは段階を高めた強硬措置を予告するものである。

 金与正第一副部長は、4日の談話で開城工業地区の撤去、南北共同連絡事務所の閉鎖、南北軍事合意の破棄などを予告していた。その第一歩が通信ラインの断絶である。これには、南北共同連絡事務所の通信ラインばかりでなく、青瓦台と朝鮮労働党本部庁舎とのホットライン、軍当局間の東海、西海の通信ライン、国際商船共通網などすべての通信ラインが含まれる。こうした通信ラインは朴槿恵時代には断絶していたが、2018年のピョンチャン冬季オリンピックに参加の意向を示した際に復旧されていた。

 ところが韓国政府は、北朝鮮による通信ラインの断絶宣言を受けても、国家安全保障会議の招集さえせず、南北合意破棄への抗議や遺憾の表明などもしなかった。引き続き、北朝鮮向けビラへの批判と散布禁止の方針ばかりを繰り返した。

 青瓦台はコメントを求められても、「統一部の発表内容を参考にせよ」と言うだけ。その統一部も「南北間の通信ラインは意思疎通のための基本手段であり、南北間の合意に基づいて維持すべき」との原則論を言うだけであった。南北間に進展がある場合には青瓦台が先頭に立って宣伝してきたのとは対照的な態度である。