問題の根本は北朝鮮の体制不安定化

 こうした見方は、いずれも韓国政府の短絡的な見方とは異なり、いずれも真理を突いているように思う。つまり、ひと言で言えば、「北朝鮮の体制に問題がある」ということである。

 韓国与党の一部議員が指摘するように、北朝鮮の強硬な態度は、このビラが主たる要因ではない。ビラが影響を与えているとすれば、北朝鮮にとって体制の引きしめを図らなければいけない時に、ビラをきっかけに金正恩批判が広まるかもしれないという点だろう。体制の揺らぎを恐れなければならないほど、北朝鮮が現在危機的状況にある、あるいは危機的状況に向かっていることを金正恩政権が危惧しているということであろう。

 脱北者によれば、このビラの問題を、北朝鮮住民が連日目にする労働新聞がわざわざ報道しているのは珍しいという。これはビラの不当性を国民に知らしめ、「これに惑わされるな」という戒めなのであろう。それだけ、北朝鮮首脳が体制の不安定化を懸念しているということは言える。

 ただ、ビラに対する過剰なまでの反応の原因はそれだけではない。

 北朝鮮は昨年から、ここ数年来の食料生産の不振によって1000万人が食料不足に陥っていると言われている。それに加え、国連を中心とする国際社会の北朝鮮制裁によって、北朝鮮の外貨は底をついてきている。そこにきての新型コロナ危機である。

 北朝鮮は、中国で新型コロナが流行すると、感染防止対策としていち早く中朝国境を閉鎖した。北朝鮮の医療水準では、北朝鮮で新型コロナが蔓延すればこれを抑えることができないことは明白であり、国境封鎖は正しい措置であった。

 しかし、国境封鎖と同時に中国との貿易も遮断しなければならなかった。その結果、中国からの輸入は8割以上落ち込んでいるという。そして自力更生をうたった北朝鮮の経済が危機的状況に陥っていると見るべきだろう。

 生産材料、消費物資の調達は困難を来していよう。今年金正恩が3週間ほど姿を消したのち最初に訪問して激励したのが化学工場の竣工式であった。なぜこの場所だったかと言えば、北朝鮮で肥料、農薬が入手できなければ、今年の秋の収穫は恐ろしく落ち込む可能性がある。そうなれば北朝鮮の住民の生活は危機に瀕することは必定である。それは政権に対する不満に直結する。だからこそ、化学工場の関係者の士気を高め、国民生活向上のため努力している姿勢を示す必要があったのだ。

 如何に国民の不満を抑え込んでいる政権とは言え、未曽有の食料危機が発生すればどうなるか。それは、金正恩氏や与正氏にとって想像すらしたくない事態になるであろう。

北朝鮮への追従姿勢は韓国への挑発を強めるだけ

 これが北朝鮮のビラ批判の背景と見るべきだろう。だとすると、韓国が単にビラ散布を禁止したとしても、北朝鮮はそれで満足することがないということになる。

 ところが、韓国政府は北朝鮮のビラの散布への批判を受け、それだけに追従する姿勢を示している。北朝鮮が「追加的な強硬措置を取る」と言い出しているのは、ビラが本筋ではなく、北朝鮮に対する制裁を解除するよう努力しろということであろう。