2018年4月27日、第3回南北首脳会談 で「板門店宣言」に署名する金正恩委員長(右)をサポートする金与正氏(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)

 5月31日、脱北者を中心とする韓国の市民団体が、大型風船を使って、北朝鮮の体制を批判するビラ50万枚を北朝鮮に向かって飛ばした。すると、金正恩委員長の実妹・金与正氏が韓国政府を批判する談話を発表。韓国政府に対してビラの散布を中止するよう強い調子で要求した。この一件が、いま韓国と北朝鮮の間のホットイシューになっている。

 北朝鮮のビラ散布中止要求とこれに対する韓国政府の対応は、これまで以上に北朝鮮の威嚇に全面屈服するものである。韓国政府は総選挙を前後して、ますます左寄りに傾斜する姿勢を強めている。それは内政で言えば、歴史の見直しによる権力基盤の強化、尹美香氏に対する庇い立ての姿勢に現れている。これは日本に対し、元徴用工に関連し、日本企業の資産現金化を日本の報復を覚悟してでも実施しようという動きとはきわめて対照的である。

 北朝鮮は、金与正(キム・ヨジョン)氏の談話以降、立て続けに韓国に対し圧迫を続けているが、これは北朝鮮の単なる脅しではなく、何らかの意図を持った行動ではないかとの懸念が広がっている。さらに北朝鮮は、韓国に対し日韓離間を促しているようにも思える。北朝鮮は、「尹美香氏を陥れるのは、親日派の策謀だ」との批判をしており、韓国と北朝鮮政府が連携して対日非難を繰り広げる動きにつながる危険性が増していると見るべきだろう。

(文政権の危険性、政治の失敗については拙書『文在寅の謀略―すべて見抜いた』を参照いただきたい)

金与正氏の談話で始まった「対南攻勢」

 金正恩国務委員長の妹で、朝鮮労働党中央委員会第一副部長の金与正氏は4日、談話の中で、北朝鮮向けビラを散布している脱北者を「人間醜物」「雑種犬」「くず」と呼び非難する一方、「主人(韓国政府)に責任を追及すべき時になった」「悪いことをする奴らよりも、それを見て見ぬふりしてあおる奴の方がもっとわるい」と矛先を韓国政府に向けた。そして、「開城工業地区完全撤去につながるか、ただうるさいだけの北南共同連絡事務所の閉鎖か、あるかないかの北南軍事合意の破棄になるか」として韓国政府に覚悟を求め、「ビラ散布を阻止する法律を作成せよ」と要求したのだった。

 さらに、5日、朝鮮労働党統一戦線部は、「北南共同連絡事務所を閉鎖する」と圧迫を続けた。また、北朝鮮の対外宣伝メディア「わが民族同士」は7日、「月の国のたわごと」との題名で、「性格と内容において、全く異なる北南関係と朝米関係を無理やり結び付けておいて、『好循環関係』のたわごとを言う。それ自体が無知と無能の極限状態」とし、「月の国でしか通じない『月の国のたわごと』だ」と非難した。