そのあたりのことを報道する側も心得ていて、どこも「自殺」とは書かない。「亡くなった」「急死」「死亡」などと表現して、あとは状況を積み重ねて、それが事実であるかのような印象で説き伏せる。

 それ以上に異様だったのは、政治家たちの反応とその早さだ。

早々に動き出した政治

 週明け月曜日の25日、菅義偉官房長官は午前の会見で、この件に触れ、報道以上のことは承知していないとしながらも、こう述べている。

「インターネットでの誹謗中傷の書き込みについては、ユーザー一人ひとりが他人を傷つけるような書き込みをしないよう、リテラシー向上のための啓発を行っていくことが重要だ」

 同日、自民党の森山裕国会対策委員長と立憲民主党の安住淳国会対策委員長が会談。ネット上での誹謗中傷を防ぐための対策を国会で協議していくことで一致している。

 森山国対委員長は記者団にこう語っている。

「非常に痛ましく、心からご冥福をお祈りしたい。何か助ける方策はなかったかと思う。今後このようなことがない社会を作っていくために、立法府がどういう役割を果たすかが非常に大事だ」

 はて? 「助ける」「このようなこと」とはなにを意味しているのか。

 一方の安住国対委員長。

「匿名で相手をズタズタに傷つけることがあっていいわけがない。心ない中傷で、人を傷つけるようなやり方はこそくで、何らかのルールが必要だ。表現の自由を担保し、法律的な観点で本格的な議論を始め、秋までに何らかの方向は探りたい」

 翌26日には、高市早苗総務大臣がこの件に言及。衆議院総務委員会では、こう答弁している。

「匿名の者が権利侵害情報を投稿した場合に、発信者の特定を容易にするための方策について検討を進める予定でございます」

 同日、自民党のインターネット上の誹謗中傷対策を検討するプロジェクトチーム(PT)が初会合を開いた。そこでもPTの座長の三原じゅん子参院議員が、この件に触れて、ネット上での誹謗中傷を犯罪と位置づけ、厳罰化を検討する考えを示している。

 いつの間にか、自殺=SNS上の誹謗中傷が原因、とする土壌ができあがっている。

 報道によると、死亡した女子プロレスラーの自宅からは、遺書のようなメモ書きが見つかっていることや、硫化水素を発生させた袋を被った自殺とみて捜査が進んでいる、とされた。だが、そのメモも母親らに宛てて「ごめんね。産んでくれてありがとう」などと、謝罪や感謝の気持ちを記したものだったというから、SNS上での誹謗中傷が原因と結び付けるものでもない。

 しかも、所属団体の公式サイトでは、26日に以下のようなコメントが掲示された。

「木村花選手のご逝去については、警察による判断の結果、事件性は無いものと伺っております」

「より詳しい死因等につきましては、ご遺族のご意向により公表を差し控えさせて頂きます」

 結局、公式見解は公表されないままだ。