F-2開発の際には制御ソースコードのブラックボックス化が問題視されましたが、実験航空機の「X-2(心神)」を飛行させたことで、防衛省は制御技術を確立したことを証明しました(2016年2月に初飛行)。それも、より制御の困難なステルス設計機体で、です。当然、ステルス設計技術も心神で証明しています。

 もちろん、心神は技術実証機であり、これを飛ばせたからといって、実用性のある機体を作れるということにはなりません。しかし、基本的な技術を持っていることを、アメリカに対して“証明して見せた”ことは大きいのです。

 おそらく心神がなければ、“我が国主導”方針はなかったでしょう。心神がなければ、たとえ“我が国主導”と言ったところで絵に描いた餅と言われ、アメリカに無視されて終わっていたでしょう。しかし、心神の実験を成功させて“技術ならばある”と宣言したことで、アメリカは日本の“我が国主導”方針を本気で受け止めなければならなくなりました。

 “我が国主導”方針は、今後の交渉を行うために足下を見られないために必要な宣言なのです。これは、相手がアメリカであれ、イギリスであれ、共通することですが、最も交渉相手として念頭にあるのは、F-2をF-16の改造設計に変更させ、AAM-4完成後にAMRAAMを売ってきたアメリカです。

どうしても「大型で強力な機体」が必要な理由

 続いて、大型で強力な戦闘機ではなく、開発が容易な軽戦闘機を開発する方向について考えてみましょう。韓国の「FA-50」のような軽戦闘機の開発ならば“我が国主導”開発が容易になる、という考え方です。

 一言で言えば、これは不適当です。

 航空戦力における日本と中国の軍事バランスは、既に中国の方が上回っています。この状況で、1機あたりの戦闘力が劣る軽戦闘機を配備するのならば、多数の機体を準備し、質より量で勝負しなければなりません。

 強力な戦闘機であっても、ミサイルの搭載数は限られます。航空戦力は基本的に質の優勢が重要視されますが、ミサイルとレーダーさえそれなりの性能ならば、数で勝負するというコンセプトも成り立たないわけではありません。かつての中国がそれでした。しかしながら、それは数を揃えることで初めて成り立つ作戦です。日本には不可能です。機数を揃えたとしても、パイロットが揃えられないからです。

 現在でも、航空自衛隊はパイロットの確保に苦労しています。パイロットになるための条件のうち、視力については緩和されましたが、それでも知力、体力、そして適正が高いレベルでバランスしていなければパイロットにはなれません。無理に条件を緩和すれば、戦闘になる前に事故で亡くなるでしょう。