説得力のあるストーリーを威厳をもって語る専門家が社会でもてはやされている。しかし彼らの言うことは絶対ではない。視野が深く狭いゆえに、予測を間違える確率も高い。目まぐるしく変化する激動の時代において、本当に必要な武器は何なのか。科学ジャーナリストのデイビッド・エプスタイン氏が解き明かす。前編/全2回。(JBpress)

(※)本稿は『RANGE(レンジ)知識の「幅」が最強の武器になる』(デイビッド・エプスタイン著、東方雅美訳、日経BP)より一部抜粋・再編集したものです。

 識者の中には、世界の動きについて、たとえ反証があっても一つの見方にとらわれる人たちがいる。自分の見方に合った情報ばかりを収集するので、予測は改善どころかどんどん悪化する。

 そうした人たちが毎日のようにテレビやニュースに登場し、ひどくなる一方の予測を発表して、自分が正しかったと主張する。そんな識者たちを綿密に観察し続けた人物がいた。

 始まりは1984年、米国学術研究会議の米ソ関係に関する委員会だった。心理学者で政治学者のフィリップ・テトロックは当時30歳で、委員会では飛び抜けて若いメンバーだった。

 他のメンバーがソ連の意図やアメリカの政策について議論するのを集中して聞いていた。有名な専門家たちが自信を持ってきっぱりと予測していたが、テトロックにとって衝撃的だったのは、それぞれの意見が全く異なっていて、反論があっても誰も自分の意見を変えないことだった。

 テトロックは専門家たちの意見をテストしてみることにした。東西冷戦が続く中、284人の専門家による短期と長期の予測を集めた。

 彼らは高い教育を受け(大半が博士号を持つ)、専門分野に関して平均で12年以上の経験があった。予測は国際政治と経済に関するもので、確実な予測であることを示すために、専門家たちにそれが実現する確率も算出してもらった。

 運や不運による当たり外れと真のスキルとを区別するために、テトロックは多数の予測を、長期間にわたって集める必要があった。プロジェクトは20年間続き、8万2361件の予測が集まった。