(武藤 正敏:元在韓国特命全権大使)
ローソクデモによって倒れた朴槿恵政権のつまずきの始まりは、MERSへの対応の失敗によって政権の運営能力に疑問が持たれたことだった。それと同じことが、新型コロナ肺炎によって文在寅政権に起きようとしているのであろうか——。
文政権は、スキャンダルをもみ消すことに長けた、守りに強い政権である。それは、立法・行政・司法の分野を、学生運動出身者などを中心とする革新系の政治活動家によって占め、権力機構である国家情報院、国防部、検察、警察の機構改革を実施し、抑え込んでいるからだ。そうやって国内の批判を巧みにかわしてきた。
しかし、このことは政権を多くの素人が牛耳っていることを意味する。これまでにも政策能力の不足を度々露呈するケースが多く見られたが、取り繕うのもいよいよ限界にきた模様だ。
文在寅政権は昨年、自身の革新系の政治基盤を意識した政策に終始してきたが、うまくいったことはほとんどない。それでも大々的な批判に至っていないのは、強引な手法で失敗をもみ消し続けてきたからだ。今回の、新型コロナ肺炎に対する初動の対処にも国内から種々批判があがりはじめているが、その影響はかなり広範に及ぶため、これまで同様に失敗を覆い隠すのはさすがに難しそうだ。今後の韓国経済への影響を最小化し、中国との外交をマネージし、北朝鮮の苦境にうまく対処し、今年4月の国会議員選挙を乗り切る——それが現在の文在寅政権に課せられた課題だが、いずれもクリアするのは困難なものばかりだ。果たして、いつまで国民の目を失政からそらしていくことが可能なのか。
今年の文在寅政権は、これまでの韓国の自由と民主主義を基本とする価値観から乖離していくのではないかと懸念しているが、新型コロナ肺炎の流行に伴う苦境は、ますます文政権の行方を不透明にしている。新型コロナ肺炎が文政権に与える影響につて、とりあえずの分析をしてみた。
MERSから学んでいない初動対処
中央日報は、「右往左往の韓国政府」と題する記事を掲載し、文政権は新型コロナ感染症の防疫対策、海外同胞隔離問題などを巡って右往左往しながら国民の不信と社会の葛藤を深めていると批判の声が高まっており、MERSの時の政府の誤った対応が繰り返されている、と報じている。
政権内の混乱ぶりを示すのが、度重なる政策の変更である。部署間での連絡を密にし、様々な側面を考慮して政策決定するのではなく、行き当たりばったりの政策に終始しているのである。