田原 それで、遠心分離機を操作することができるようになったんだ。
山田 それだけではまだ不可能です。スタックスネットは、まず施設内のネットワークや機器の情報を収集します。そして遠心分離機のメンテナンスのためにドイツ・シーメンス社の技術者が訪れるタイミングを待っていました。シーメンスの技術者は、やはり自分のコンピュータを施設のネットワークに接続します。その瞬間、スタックスネットはシーメンス社員のパソコンにも侵入し、ナタンズの外部にデータを移すことに成功したのです。もちろんシーメンスの技術者はそのことに気づきません。
シーメンスの技術者が施設の外に出て、パソコンが外部のネットワークに接続されると、スタックスネットは集めた情報を自動で外部に送信します。そのデータを基に、アメリカでは何百人もの数学の天才が集まって、遠心分離機を操作する不正プログラムを作り上げる。この作業によって、スタックスネットはナタンズを確実に攻撃できるよう完成されていったのです。
田原 それが最終的に成功したんだ。
山田 そうです。2009年12月におよそ2000本の遠心分離機を破壊することに成功しました。これは、当時、ナタンズにあった遠心分離機のおよそ4分の1になります。
今のサーバー攻撃の技術力なら「できないことはない」
田原 破壊されてイランはどうなったの。
山田 この施設に設置されていたIAEAのカメラには、技術者が壊れた遠心分離機を新しいものにせっせと交換している様子が映っていたんです。イランも当初は原因がはっきり特定できていなかったはずですし、その映像を見たIAEAも、なにか異常事態が起きていることは分かったでしょうが、原因までは分からなかったはずです。
それでも現実的に、イランの核開発は大幅に遅れました。イランの核開発が、それによって2年ほど遅れることになった。ブレークアウトタイム(核兵器用の核燃料製造にかかる期間)までの交渉時間を引き延ばしたのです。これは、アメリカの思惑通りの結果でした。
田原 イランが核合意をやったのはいつでした?
山田 2015年ですね。オバマ大統領の時です。
イランは秘密裏に核開発を進めてきていて、2009年の段階でアメリカなどでは「1~3年以内にイランは核兵器を開発する」と言われていました。その間、アメリカはイランとずっと核開発を制限させるべく交渉してきたんです。
イランを合意させるために、アメリカにはイランの核開発を遅れさせる必要があった。実はそのために遠心分離機を2000個しか破壊しなかったんです。全部破壊しようと思えばできたんですが、そこまでしてしまうと武力攻撃と同じような戦争行為とされる懸念がある。そこで、交渉のための時間稼ぎに十分な数だけに止めたということなんですね。
田原 言ってみれば、イランに脅しをかけるのに十分なところで止めたんだ。
山田 そうなんです。
これが10年前の出来事です。もちろん現在のサイバー攻撃はもっと進化しています。先日、イギリスの情報機関関係者に聞いてみたら、「できないことは何もない」と断言していました。今は、僕たちの想像以上のことがサイバー攻撃でできるのだと思った方がいいと思います。
田原 アメリカとイスラエルが組んで、イランにサイバー攻撃をしたことは、そのうちイランだって気が付いたんでしょう。そうしたらイランも報復するんじゃないの。イランにはサイバー攻撃をする力はないんですか?
山田 あります。ただ、アメリカやイスラエルは、さすがにイランからの攻撃には神経を尖らせていて、すさまじく厳しいチェックをしています。
そういうチェックを掻い潜ってイランがやった攻撃もあります。1つは、サウジアラビア最大の石油会社・サウジアラムコへのサイバー攻撃。2012年8月に、イランがサウジアラムコの職員が使うワークステーション3000台ほどを使えなくしてしまったのです。