12月4日、ロンドンで開かれたNATO首脳会談。前列右からトルコのエルドアン大統領、ドイツのメルケル首相、アメリカのトランプ大統領、NATO事務総長のイェンス・ストルテンベルグ、イギリスのジョンソン首相の各氏(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

(舛添 要一:国際政治学者)

 1989年11月9日、ベルリンの壁が崩壊し、12月3日には、アメリカのブッシュ(父)大統領とソ連のゴルバチョフ大統領が地中海のマルタで会談し、「冷戦の終結」を宣言した。それから、30年が経ったのを記念して、ロンドンでNATO首脳会議が開催された。

 新しい時代が到来したという30年前の熱気は雲散霧消し、米欧の対立が目立つ首脳会議であった。フランスのマクロン大統領は、NATOを「脳死状態」と称したが、トランプ大統領はこれを「不快な表現」として反発した。また、自分を揶揄するカナダのトルドー首相の発言が漏れてしまい、これに怒ったトランプは「彼は裏表のある人間だ」と言い残し、会見も開かずにワシントンに戻っていった。

(参考記事)トルドー首相やアン王女、トランプ氏をサカナに歓談? NATO70周年
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/58499

「ドイツが世界の脅威にならないための仕組み」がNATOやEUの「裏テーマ」

 第二次世界大戦後、ソ連の脅威に対応するため、1949年4月に、米英仏など12カ国でNATOを結成した。1955年11月に西ドイツが再軍備し、NATOに加盟すると、ソ連をはじめとする東側8カ国はワルシャワ条約機構を発足させて対抗した。

 近代史を振り返ると、普仏戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦と、すべてドイツとフランスの対立が基本であり、イギリスは欧州大陸のバランサーとして「光栄ある孤立」を保ってきた。英仏に対して遅れて近代化したドイツとロシアは、目覚ましい勢いで工業力を強化し、人口も増やしていった。

 欧州大陸に覇を唱えようとするドイツの脅威にいかに対抗するかということが他の欧州諸国の最大の関心事であった。ヒトラーの野望は、世界を第二次世界大戦へと導いたのである。そして、その野望を壊滅させたのが、アメリカとソ連であった。

 ドイツ敗戦後は、民主主義vs共産主義というイデオロギー対立を軸に、アメリカ圏とソ連圏という2つの陣営が覇権を競う国際政治体制ができあがった。ドイツやイタリアや日本の弱体化が戦勝国の目的であった。