しかしパソコンは違った。数万~20万円くらいで買うことができた。そして素人でも好きなようにいじれた。すると、面白いことが起きてくる。パソコンを触る人間の数は、大型コンピュータとは比較にならないくらいに大きい。そうなってくると、たとえ能力が低くても楽しめる工夫をする人間が多数現れ、そのアイディアがパソコンの利用価値を高めた。それがさらにパソコンの魅力を高め、ファンを増やした。

 つまり、大型コンピュータは「性能」という価値規準でトップだったが、パソコンは「たくさんの人間を楽しませる」という、まったく別の価値規準でトップであった。これにより、大型コンピュータが一向に開発が進まない中で、パソコンは需要に合わせてどんどん開発が進み、いつしかパソコンは、スーパーコンピューターの定義とされていた性能さえ追い越してしまった。「多くの人を楽しませる」という全然別の価値規準を追いかけていたら、性能の面でも追いついてしまったわけだ。

塩ビ管がカラフルになったら・・・

 パソコンのあとには、スマホでも同じことが起きている。スマホは、パソコンと比べたら性能が落ちる。文書を作成するのには向かないし、プリントアウトするとかレイアウトを決めるといったことも苦手。

 けれど、「いつでもどこでもネットを楽しめる」という別の価値規準を提供したことで、パソコンを凌駕する市場を形成した。持ち運びの不便なパソコンでは、スマホが提供する価値を、提供することは難しかったからだ。

 さて、ここで冒頭の「100億」に話を戻してみる。大きな市場規模を見込めるという話は、上司が幹部に説明しやすいという理由もあったりするのだろう。会社の幹部は、株主に説明しやすいということもあるのだろう。しかし、iPhoneが登場したとき、日本の家電メーカーがしばらく様子見してしまい、スマホの市場性を見破れなかったことからも分かるように、市場規模を事前に読むことは不可能だと考えた方がよいのではないだろうか。だとしたら、新規事業を認めるかどうかの規準に、「100億」はやめた方がよいように思う。