「IUT理論」は、この超絶難問の「ABC予想」を証明する手法として注目を浴びることとなった。つまり、「IUT理論」を使えば、「ABC予想」が証明できるということだ。現時点ではまだ、「IUT理論」の正しさは認められていないので、「ABC予想」も証明されたという状態にはなっていない。しかし、もし「IUT理論」が正しいのなら、あの「ABC予想」が解決する・・・この事実が、「IUT理論」が衝撃をもって迎えられた非常に大きな理由だった。

「未来からやってきた論文」

 しかし、「IUT理論」を理解するためには大きすぎる障害がある。

 望月教授は、2012年8月30日に自身のWebサイトで「IUT理論」を公開した。しかしそれは、600ページにも及ぶ長大なものだった。しかもこの論文は、それまで望月教授が発表した論文を下敷きとしていたために、「IUT理論」の論文そのものを含め、読むべき論文は1000ページ近くにもなるという。

 さらにこの「IUT理論」は、とある数学者が「まるで未来からやってきた論文」と言ったくらい、それまでの数学の常識をはるかに超越する内容だった。使われている用語そのものや扱われる概念が馴染みのないものばかりだったのだ。それら一つひとつの概念を理解するだけで一苦労なのだ。

 例えば、僕なりに「IUT理論」を要約すると以下のようになる。

【複数の数学世界同士の通信を考えたとき、その通信による情報の歪みをある不等式で表すことができる】

 この文章そのものは理解しなくていいが、数学者たちにとって、「複数の数学世界」「通信」「情報の歪み」などが、これまでの数学の世界では存在しなかった新しい概念なのだ。このように、論理展開やアイデアが難しいというだけではなく、「IUT理論」という世界観そのものがあまりにも斬新すぎるがゆえに、受け入れがたさが勝ってしまう、という状況になっているのだ。

遠ざけていると何も生まれない

 僕らも、あまりにもこれまでの常識とかけ離れたものが目の前に現れたとき、それに対してどう振る舞うべきか悩んでしまうことはあるだろう。製品やサービスなどであれば、消費者にとって使いやすいように練り込まれてから提供されることが多いだろうからそこまで問題にはならないだろう。しかし、社会の劇的な変化や、異なる文化の人たちとの関わりなど、ついていけない現実に出会うことはある。