本書の著者は、「IUT理論」の提唱者である京都大学の望月新一教授と親しい現役の数学者だが、通常、数学者が書く数学の本というのは、どうしても難しくなってしまう傾向があると僕は思う。しかし本書は、これでもかというぐらいやさしく書かれている。もちろん、「IUT理論」そのものが恐ろしく難しいから、決して「簡単な本だ」とは言えないが、その難しい世界観を、可能な限り噛み砕いて説明してくれている。凄まじい本だ。

 本書がやさしく描かれている理由は、本書の成立過程を知ればある程度理解できるだろう。本書は、以前ドワンゴの社長であった川上量生氏が個人的にスポンサードしている数学イベントの目玉企画として、本書の著者に、「IUT理論」を一般向けに分かりやすく説明してほしいと依頼したことがきっかけで生まれた。その模様はニコニコ動画で配信もされたが、日本語での講演だったこともあり、諸外国からも高い関心が寄せられたものの、なかなかうまく伝わらなかった。この理論が日本発だということもあり、きちんと書籍化して、日本からこの理論を発信していきたい、という川上氏の思いを受けて、多忙な中でその役割を著者が引き受けたという。

 なぜ「IUT理論」に注目が集まったのかについて説明をしよう。それは「ABC予想」と関係がある。これは、現代数学に残っている未解決問題のうち、「最も重要」とも言われる予想だ。その重要性について、僕がきちんと説明できるわけではないが、理由の一つは説明できる。それは、「ABC予想」が正しいと証明されれば、いくつかの難問が正しいことになる、というものだ。例えば、「シュピロ予想」や「フライ予想」といったものは、「ABC予想」さえ正しいことが証明できれば、自動的に正しさが証明されるという。

 また「ABC予想」には、「強いABC予想」というちょっと異なるバージョンも存在する。そして、もしこの「強いABC予想」が正しいと証明されれば、あの誰もが名前ぐらいは聞いたことがあるだろう「フェルマーの最終定理」が一瞬で証明できてしまうという。「フェルマーの最終定理」は、ワイルズという数学者が7年の歳月を掛け、100ページ以上の論文にまとめたもので、代数幾何学や数論などのさまざまなテクニックを使って証明がなされた。しかし「強いABC予想」が正しければ、その証明が10行程度でできてしまう。僕はその証明を読んだことがあるが、僕程度でも理解できるほど、簡単な証明だった。

「ABC予想」というのは、それぐらい包括的な予想なのだが、しかしそれゆえにあまりにも難しく、「IUT理論」の登場まで、解決の糸口はまったく見つかっていないような予想だった。