悪事の裏にある、信じ難い情動の蠢き

 ただ、無論ながら、こうした犯罪の裏には無惨に奪われた数多の命があり、心も身体もひどく傷つけられた人々がいる。捜査技術や科学の発展によって犯罪率は低下の一途だが、それでも目を覆いたくなるような残酷な事件はたびたび発生する。

 だが、なぜ我々はフィクションにせよノンフィクションにせよ犯罪に強い興味関心を抱くのか。本書の序文にて、アメリカの推理作家ピーター・ジェイムズはこう述べる。

その理由はこうだと一言で説明できるものではなく、答えはいろいろあると思う。たとえば私は、人間の遺伝子には生存本能が組み込まれていると考える。犯罪の犠牲者の運命や犯人の気質を知ることで、いかにして生き延びるか、私たちは多くを学ぶのである。

 犯罪にばかり人間の本質が表れるとは思わないが、悪事には常人からするとおよそ信じ難い情動の蠢きがあるのは否定できない。そうして見てくると、本書は単なる犯罪列伝ではなく、むせ返るほど濃厚な人間の歴史であると言えそうだ。

西野 智紀
1992年生まれ、長野県出身。大学卒業後、ぽつぽつ書いていたブログ「「活字耽溺者の書評集」」をきっかけに仕事の話をいただき、以後書評家を名乗る。産経新聞、週刊読書人ほか、いくつかの媒体に寄稿。海外文学(ミステリ、サスペンス等)の紹介が中心だが、基本はフィクション、ノンフィクションを問わず濫読。好きなジャンルは、事件、ルポ、自然科学などの探求(探究)もの。

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