共産党との関係を疑われた者の苦難
930事件以降、インドネシアのスマトラ島、ジャワ島、バリ島などを中心に吹き荒れた嵐のような共産党関係者粛清の犠牲者は約50万人とされるが100万人以上との説もあり、正確な数字は未だに不明だ。
殺害を免れたものの流刑島であるブル島に送られて長年服役した共産党シンパ、関係者とされた人々も多い。
インドネシアを代表する作家でノーベル文学賞候補に何度もその名前が挙がったプラムディア・アナンタ・トゥール氏(2006年死去)も共産党との関係を疑われ、10年以上の流刑生活をブル島で送った経験があった。
流刑生活から解放後も、地元の共同体では「元共産主義者」の烙印を押されて社会生活での差別が続き、未知の土地で身元を偽っての生活を余儀なくされるなど、その苦難が生涯続いた人も多いとされている。
2012年に公開されたイギリス、デンマーク、ノルウェー共同制作による映画『アクト・オブ・キリング』は、共産主義者の粛清という名の虐殺に関わった加害者の視点から歴史を振り返ったドキュメンター作品として公開された。映画の中で殺害に加担した人々の言い訳が繰り返され、被害者やその関係者にとってはやりきれない内容となっている。
共産主義の亡霊が再び闊歩か
今回マカッサルの書店で起きた事案は、インドネシアの歴史で「悪夢」「亡霊」ととらえられている「共産党、共産主義」が再び頭をもたげてきたことを多くの国民に想起させており、嫌なムードを醸し出している。
マカッサルの識字運動団体や作家協会は「知識をえるための読書という手段を阻害する許されない行為である」と反対の声を素早く上げてBMIを非難している。
地元作家協会の創設者でもありマカッサル大学文学言語学部のアスラン・アビディン講師は地元紙に対して「BMIに書店の書籍を検査する権限などない。むしろ一般の読者はマルクスやレーニンによる資本主義を批判する書籍を読むことで知識を広めることは必要なことである」とBMIの行為や共産主義、共産党に関する書物を“禁書”とすることに警戒感を表している。
共産主義を非合法とする一つの根拠とされるのが1945年制定憲法の前文に記された国是のパンチャシラ「国家5原則」の第1項である「唯一神への信仰」に反すること、と言われている。「宗教の存在を認めない共産主義は許されない」という論法である。
一方でインドネシアには、「多様性の中の統一」や「寛容性」という建国時の国是があるのだが、価値観の多様化の進展にも関わらず、現代の同国では性的少数者、宗教的少数者、民族的少数者などの社会的少数者への差別が表面化し、社会問題となっている。国是などインドネシア人のアイデンティティーに関わる価値観が揺らぐなか、共産主義・共産党という古くて新しいイデオロギー問題までが浮上し、歴史の「闇」が再び注目を集めだしている。インドネシアの重い社会問題がまた一つ増えたと言えそうだ。