新刊『安楽死を遂げた日本人』の著者、ジャーナリストの宮下洋一氏(撮影:NOJYO<高木俊幸写真事務所>)

 スイスの自殺幇助団体「ライフサークル」での安楽死に立ち会ったジャーナリストの宮下洋一氏は、前作『安楽死を遂げるまで』の中で、「この国(日本)で安楽死は必要ない。そう思わずにはいられなかった」と記した。それから1年――。ついに1人の日本人が安楽死を遂げた。多系統萎縮症(MSA)という難病に罹患した小島ミナさんだ。

 宮下氏の前作を読み、安楽死を望んで著者にメールを送ることから始まった、彼女の安楽死への旅。彼女に寄り添うように取材してきた宮下氏は、その経過を綴った新著『安楽死を遂げた日本人』を上梓した。著者の協力の下、同じく小島さんを追ったNHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」も大きな反響を呼んだ。国内での安楽死への関心が高まるが、その旅に立ち会った著者は、どう考えるのだろうか。(取材・構成:坂元希美)

安楽死にふさわしい人とは

――宮下さんは日本人が安楽死を選択することに否定的な考えをお持ちでした。実際に立ち会うことになり、その考えは変わったでしょうか。

宮下洋一氏(以下、宮下) 前作『安楽死を遂げるまで』では、安楽死を求めてスイスにやってくる外国人を取材しました。どういう価値観や死生観をもった人たちなのか、そして実際にどういう最期を遂げるのかをこの目で確かめたかったんです。彼らの考え方や背景を探るうちに、安楽死は欧米人だからこそ選択できる最期なのだろうと思いました。その後に日本での取材を加えて、日本人にはふさわしくないと感じたんです。このことについてはさまざまな意見が寄せられました。日本から長年離れているからだろうとか、最近の日本社会の変化を知らないといった批判もありましたよ。

講談社ノンフィクション賞を受賞した前著『安楽死を遂げるまで』(小学館)

 たしかに僕は日本を出てアメリカやヨーロッパで26年を過ごしていますが、外にいればこそ、日本らしさがわかるところもあります。相対化して考えた上で、「日本人にはふさわしくないだろう」という答えを出したんです。じゃあ、日本人に焦点を絞って見つめ直したらどうなるのか、というのが今作です。

 実際に安楽死を遂げた小島さんを追ってわかったのは、国籍はあまり関係ないのかもしれないということでした。個人の死生観と人間性、性格によるのではないか。ならば、日本人でも安楽死が認められてもおかしくない、と考えるに至りました。ただ、国内で法制化することについては、今も変わらず前向きな考えは持てません。

――小島さんは揺るぎない、確固たる死生観を持っていました。それは、欧米的な価値観だったのでしょうか。

宮下 彼女自身も僕にそう言ったことがありますが、どちらかというと欧米的な考え方だと思いましたね。小島さんのような個を貫く強い主張を持つ人は日本にもいることはいると思いますが、それが安楽死に直接結びつくことはなかなかありません。

――小島さんは、MSAに罹患した当時49歳で、独身でした。愛犬と人生の後半を歩むのだと定めていたのでしょう。パートナーや子どもがいたら、選択は違ったものになったでしょうか。

宮下 違っただろうと言っていましたね。安楽死を選ぶ人には国籍問わずに共通点があります。前作で紹介した「4W(白人、裕福、心配性、高学歴)」と、「自我が強い」ということ。人生を自分でコントロールしてきた人たちで、周りに助けられることを好まない。そのタイプが不幸にも病気によって、多くのことが1人でできなくなっていくのに、人に助けられることは嫌だと感じてしまう。自分の人生をコントロールできなくなってしまうために選ぶ最期なのかなと思います。周りに助けてもらってもいいと思う人は、安楽死を選んでいないんですよ。