――生きづらさ、という言葉をよく目にするようになりましたが、少子化が根底にあるとは思いもしませんでした。エマニュエル・トッド(フランスの歴史人口学者・家族人類学者)の分類によると、日本は「直系家族」の家族システムで、父系的な権威主義が強く、非婚化・少子化を招きやすい形だそうです。同じ家族システムに安楽死を認めるスイス、ベルギー、ルクセンブルグが入っているのが興味深いです。

宮下 トッドの分類は、当てはまりそうな感じがしますね。スイスでは、孤独な人は安楽死ができません。団体や医師による調査や対話が綿密で、病気以外の理由で安楽死を選択しないように、しっかりとしたストッパーになっています。また、本人に確固たる意思があればできると思われがちですが、反対する家族がいれば、まず認められません。欧米の例を見ていると、家族やパートナーもまた、意思がはっきりしていて、個人個人が尊重しあい、全員が合意できているんです。僕は、安楽死の後に家族など残された人たちがどう生きていくのかが、もっとも重要だと思いました。もし、家族の同意や理解が行き渡っていなければ、残された人の中から、家族を安楽死させたことを痛みとして背負う人が出てきてしまいます。

宮下洋一:1976年、長野県生まれ。米ウエスト・バージニア州立大学外国語学部卒業。スペイン・バルセロナ大学大学院で国際論修士、同大学院コロンビア・ジャーナリズム・スクールでジャーナリズム修士。スペインの全国紙で記者経験をし、フリーに。6言語を駆使し、フランスやスペインを拠点に世界各地を取材。『安楽死を遂げるまで』(小学館)で講談社ノンフィクション賞受賞。『卵子探しています 世界の不妊・生殖医療現場を訪ねて』(小学館)では小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。(撮影:NOJYO<高木俊幸写真事務所>)

 たとえば地域コミュニティに根差したかかりつけ医がいて、患者と医師、家族たちも長年知っていて、信頼関係が築けていたら、お互いに求めること、施すことを理解できるでしょうし、周りの全員が納得しやすいでしょうね。自分が知っている、自分を知っている医師に終末期を委ねることができるわけですから。スイスやオランダではこういうつながりがしっかりとあり、だからこそ安楽死が成り立っているとも言えるんです。

 小島さんの場合は、安楽死という選択肢を得ることで生きる力を取り戻しました。それを見てきた姉妹の了解と合意があり、お互いに意思を認めて尊重しあえたからこそ実現できました。彼女の死後、残された姉妹がどう感じて生きていくのか・・・そこが重要になってくるだろうと思います。

安楽死が、残された家族や関わった医師に傷を残す可能性も

――今後も安楽死のテーマは追っていかれるのでしょうか?

宮下 いったん休憩しようと思っていますが、ライフワークとして継続してやっていくことになるだろうな、と。世界初の安楽死法が可決されてからまだ18年ですし、その間も状況は変わり続けています。実施しているのは現在たった7か国で世界から見ればほんの一部のことですが、今後増えていく可能性もじゅうぶんにあります。僕は、この本に出てくる人たち、当事者以外の残された人や関わった医師などの10年後を取材して、その上で安楽死を法的に認めるかどうかという議論が、ようやくできるのではないかと思っているんです。

――宮下さん自身の考えも揺らいだり、迷ったりする様子も書かれていますね。

宮下 本を書くのはゼロからスタートする旅をしているようなものです。読者と一緒に旅に出て、見たことや感じたこと、揺らぎや悩みも疑似体験してもらえたら・・・と思います。

 これだけ法制化すべきでない、と書いていても、いざ自分がガンで余命宣告されたら、日本で安楽死を遂げたい、早く法制化してくれ、と言うかもしれません。個人の性格が大きく影響するとも書きましたが、病気になって初めて自分の性格がわかるということもあるんですよね。ひどい苦痛に苛まれた時、何を言うのか、どんな性格が現れるのか・・・わかりません。そのぐらい、わからない世界なんです。だから、一般化できる問題ではないと思うんです。

 どのように人生を終えるのかは、あくまでも個人が決めることだと思います。その決定を家族関係や社会問題、制度などによって背中を押されることがないようにしてほしい。NHKスペシャルを見て関心を持った人も、ぜひこの本でテレビでは描かれなかった部分や、小島さん以外の人たちの旅も読んで、考えてもらえたらと思います。