ただ、そもそも「宇宙際タイヒミュラー理論」というものが何なのかを理解できる数学者が世界に10人くらいしかおらず、査読がなかなか進まない関係で、正否の判定には今後数年はかかるだろうと言われている。
「ABC予想」証明の報に最初は興奮していた数学者たちも、この理論があまりにも難解であり、その後しばらくはあきらめムードが漂っていたようなのだが、両者の溝を急速に埋めたのが、望月教授の盟友で本書の著者でもある東京工業大学の加藤文元教授である。京都大学で望月教授の壁打ちの「壁」を長年務めた加藤教授が、この理論について詳しく解説したYouTube動画が公開されていて、こちらも大いに参考になる。
「足し算と掛け算を分離する」
「宇宙際タイヒミュラー理論」については、当然、評者に説明できるようなレベルのものではないのだが、非常に簡潔に言うと、「足し算と掛け算を分離する」ということらしい。もう少し長く説明すると、自然数の足し算と掛け算からなる「環」と呼ばれる複雑な構造をした数学的対象に対して、その「二つの自由度=次元」を引き離して解体し、解体する前の足し算と掛け算の複雑な絡まり合い方の主立った性質を直感的に捉えやすくなるように組み立て直す数学的装置のようなものだそうだ。
これだけではやはり何のことか分からないと思うので、足し算と掛け算の関係性について少しだけ説明すると、「1を次々に足していく」ことでできる1、2、3・・・という「足し算的な」自然数の捉え方だけでは、自然数の「掛け算的側面」がゴッソリ抜け落ちてしまっているため、例えば、素数というものの性質を把握したり、素数が現れるパターンを記述したりすることはできないらしい。
素数については、それが約数や倍数という概念を用いて定義されることからも分かるように、すぐれて掛け算的な概念であるために、素数がどのようなタイミングで現れるのかといった問題は、足し算と掛け算の強い結びつきを一回断ち切って、その上で今ある数学の世界と再接続しなければ解決できないというのだ。