(文:仲野 徹)
「なんとかの危機」的な本はけっこう多い。執筆は専門家ではなくてジャーナリストだし、「煽り系」の本がまた出たかと思って読み始めた。しかし、まったく違っていた。生命科学研究におけるさまざまな問題点が、順を追って鋭く冷静に指摘されていく。
資料をまとめただけではない。そういった問題に関係するノーベル賞受賞者も含めた多くの研究者へのインタビューも満載だ。口はばったいことを言うようだが、日頃漠然と考えていたことがスッキリとまとめられていると感心した。そして、大きな衝撃をうけた。
効率が指数関数的に悪化している
まずは、ネイチャー誌に掲載されセンセーショナルな反響を引き起こしたレポートの話から始まる。企業では、新薬につながるアイデアをプロジェクトにする際、かならず追試がおこなわれる。でないと、巨額の研究費をドブに捨てることになりかねない。
世界最大のバイオテクノロジー企業・アムジェンに勤めていたベグリーは、画期的と判断したがん研究についての論文53報について再現性の検討をおこなった。その結果は驚くべきものであった。わずか6件しか再現できなかったのだ。しかし、ベグリーによって再現性がないと結論づけられた47報の論文のうち撤回されたものはひとつもない。
「イールームの法則 Eroom's Law」をご存じだろうか。製薬業界では新薬開発コストが9年で倍々に増えている、すなわち効率が指数関数的に悪化している、という法則だ。有名な「半導体の集積率は18か月で2倍になる」というムーアの法則(Moore's Law)とは真逆であることから、Mooreをさかさ読みにしてEroomと名付けられている。