AIやビッグデータ全盛の時代、生命科学や医学の研究はどのように進んでいくのか。

 人工知能やビッグデータの活用が社会のさまざまな場所で叫ばれる中、医療や生命科学の研究においても、大きな影響を与えると期待されている。たとえば、新薬の開発にかかる時間やコストが大幅に削減され、これまで薬を届けることのできなかった患者へ、新たな医療を提供できるようになるだろう。

 しかし、そのための研究は、既存の分析の延長で進めてよいのだろうか。膨大なデータを扱い、詳細な分析ができるようになってきた現在だからこそ、生命現象をどう捉え、生命科学や医療の研究をどのように進めていくべきなのか、根本から見直し新たなパラダイムを導入することが必要なのかもしれない。

 2018年8月に、IQVIAジャパン(東京都・高輪)で開かれたメディア向けセミナーで、理化学研究所医科学イノベーションハブ推進プログラム 副プログラムディレクター 桜田一洋(さくらだ・かずひろ)氏は、現状の生命科学の課題と、新たな研究スタイルの姿を語った。

論文の結果が再現しない?

 まず、桜田氏は、現在の創薬や生命科学を巡る問題点を指摘する。

「創薬の問題をあえて乱暴にまとめると、標準治療の効かない割合が高いということです」

 桜田氏によると、その背景として、創薬に関する論文の再現性が低いという問題が10年前くらいから続いているという。

 2011年に、ドイツの製薬会社バイエルが、創薬ターゲットに関する論文を社内で追試すると、3分の2は再現性がないという結果を発表した*1。また、2012年にされた別の報告では、1000回を超えて引用されたがんに関する主要な論文53報を追試すると、再現性があったのはたったの6本だった*2

 さらに、2016年に学術雑誌『Nature』が行った「再現性に危機はあるか」という調査では、1576人の研究者のうち52%が「大いに危機的」と答え、38%が「やや危機的」と答えた。それらを合わせると90%の研究者が、再現性に危機を抱いていることになる*3

*1Nat. Rev. Drug Discov. 10, 643-644 (2011)
*2Nature 483, 531-533 (2012)
*3Nature 533, 452-454 (2016)