このように説明しても、結局は何のことだか分からないかも知れないが、人類がこれまで構築してきた当たり前の数学の世界というものを一度、「脱構築」する必要があるということらしく、数学も突き詰めていくと哲学的な世界に足を踏み入れることになるようだ。

望月教授の独特な哲学

 元々、望月教授は「ABC予想」を証明するために「宇宙際タイヒミュラー理論」を打ち出したのではなく、「ABC予想」の証明という中間目標はあったにせよ、この理論から「ABC予想」が証明されるというのはいわば副産物に過ぎないらしい。

 それほどこの「宇宙際タイヒミュラー理論」は、これまでの数学界の常識を根底から覆す大理論であり、数学の専門家に限らず、知的好奇心の強い人にぜひお勧めしたい。おそらく、後半の理論的な説明の部分はまるで分からないだろうが、前半の「宇宙際タイヒミュラー理論」ができあがっていくエピソード部分だけでも、十分に楽しめると思う。

 また、望月教授のブログもかなり面白いので、こちらもぜひ読んでみることをお勧めしたい。その昔、ビットコインの提唱者サトシ・ナカモトの正体は実は望月教授ではないかと言われたこともあったが、これは本人がブログの中で、もうこれ以上いい加減なこと言うのやめて欲しいと、明確に否定している。

 望月教授の理論への理解がなかなか広がらない理由のひとつに、難解であること以外に、本人があまり海外で講演をしたがらないということがあるようだ。望月教授は5歳でアメリカに移住し、名門フィリップスエクセターを経て、16歳でプリンストン大学へ進学し、19歳で学士課程を卒業し、23歳で博士課程を修了するなど、ほとんどの教育をアメリカで受けていて英語はネイティブであるにも関わらず、日本人が英語でプレゼンテーションすることで受けるであろう誤解を嫌がり、海外からのスピーカーとしての招聘をほとんど断っているそうだ。

 そこには、人間や社会に対する望月教授の独特な哲学が垣間見える。同じく5歳でイギリスに移住したノーベル文学賞受賞者のカズオ・イシグロが、イギリス英語の世界にこだわるのに対して、ブログの中ではっきりと「かなり根源的な人間性の違いを感じます」と書いており、日本人のグローバル化のあり方について考える上でも非常に興味深く読ませてもらった。

堀内 勉
邦銀、外資系証券を経て大手不動産会社でCFOを務めた後、一旦は引退して自由気ままな人生を歩み始めたものの、結局、現在はリゾート開発会社会長、アートマネジメント会社社長、大学教授、学校・財団法人・NPOの理事などで超多忙な生活に逆戻り。そうした中でも、ライフワークである資本主義とソーシャルファイナンスの研究は継続中。趣味は料理、ワイン、アート鑑賞、工芸品収集と読書で、読書のジャンルは経済から哲学・思想、歴史、科学、芸術、料理まで、知的興味をそそるものであれば何でも。

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