サンフレッチェ広島で3度のリーグ優勝を果たした森保監督。写真:JFA/アフロ

 森保一(もりやす・はじめ)。日本国内では屈指の経験と実績を誇る「サッカー日本代表監督」は4年後に向けて着々とその歩みを進めている。

 長きにわたり日本代表を取材し続けてきたスポーツライターの戸塚啓氏は、森保監督就任以降の日本代表に「これまでにない変化」を見ている。それはいったい何なのか。そして「日本代表監督はモウリーニョでもグアルディオラでもなく日本人を」と唱えるその理由とは。(JBpress)

これまでの代表監督選出には一貫性がない

──『日本サッカー代表監督総論』(双葉社)を上梓されました。代表監督をテーマにされた理由を教えてください。

戸塚 日本代表の現場を取材して27年になるのですが、「日本代表の歴代監督」について振り返ってみると、人選に疑問符がつくことがありました。ご存じのとおり、日本代表監督は基本的にワールドカップに合わせた4年周期で替わっています。あの人はなぜこのタイミングで監督になったのか? それを一度きちんと整理してみたかったんですね。

 そしてもうひとつ大きいのが、ロシア・ワールドカップを終えて、久しぶりに日本人監督が誕生したこと。日本代表にとっての監督とはどうあるべきなのか? そのテーマについて深く検証してみたいと思いました。

──結果的に1998年のフランス大会から6大会連続でワールドカップに出場しています。歴代監督の流れはスムーズにいっていると思いますか。

戸塚 ワールドカップの連続出場というのは評価されるべきですが、すべてがうまくいっているとは言えません。1998年のフランス大会から振り返ると、日本人の岡田武史監督から始まって、フランス人(フィリップ・トルシエ)、ブラジル人(ジーコ)、旧ユーゴスラビア人(イビチャ・オシム)、日本人(岡田武史)、イタリア人(アルベルト・ザッケローニ)、メキシコ人(ハビエル・アギーレ)となって、ふたたび旧ユーゴスラビア人(ヴァヒド・ハリルホジッチ)へと監督交代しています。国籍だけで語るわけではありませんが、バラバラであることは確かです。

 日本協会は、その都度「日本にゆかりのある人物」ないし「ワールドカップで結果を出している人物」を基準に選んできたとは思いますが、長い目でみたときに一貫性のあるものとは言えないと思います。

──なぜそうなってしまったのでしょうか。

戸塚 日本のサッカーはこうあるべきだ、というコンセプトがなかったからでしょう。だから監督が代わるたびに、日本代表が目指すサッカーというものも変わってしまう。いつまでも日本が目指すべきサッカーが定まらない。そうした日本協会のスタンスが“監督選び”に如実に表れていたと思います。日本サッカーが目指すべき道とはなにか、日本人の長所を活かしたサッカーとはなにか・・・。

 今夏のロシア・ワールドカップはそれを考え、推し進めるきっかけを作ってくれたと思っています。

──今夏のロシア・ワールドカップは日本人の西野朗監督でした。

戸塚 西野朗監督のもと、“オールジャパン”で戦いました。大会前の下馬評を覆して日本はグループリーグを突破し、ベスト16進出を果たしましたが、まさに日本サッカーの目指すべき道を示してくれた大会になったのではないかと考えています。

──たらればは禁物ですが、4年前のプランどおりハリルホジッチ監督のままで戦っていたら、どういう結果になっていたでしょうか。

戸塚 ハリルホジッチ監督の挑戦が成功だったのか失敗だったのかはもう分かりません。ただひとつ言えるのは、“世界のスタンダード“に照らし合わせて戦ったハリルホジッチ監督が目指した「縦に速いサッカー」では、チーム作りがうまくいっていなかったことです。そんな状況を見かねての直前での監督交代でした。結果オーライではありますが、いずれにしても、ロシア大会は日本サッカー界にとってのターニングポイントになったのは間違いないでしょう。