社長に就任してからの武田の活躍も驚異の一言だ。中国、アメリカ、ヨーロッパと、大国を相手に日本の一企業が揺さぶりを仕掛け、これ以上ない形で海外進出を果たしていく。武田が敷いた世界戦略は盤石だ。武田は普通では使いこなせないような海千山千の社員をも手なずけ、起きている間は常にビジネスのことを考え続けた。そうやってトヨトミ自動車を世界最大の自動車メーカーへと引き上げる基盤を築き上げることになった。

 しかし悲しいかな。武田は創業家の人間ではない。トヨトミ自動車には、「トヨトミ自動車中興の祖」と呼ばれる、豊臣家の分家出身の社長がいたが、彼ですら分家出身だということで成果に見合った評価を受けていない。“使用人”出身である武田ならなおさらだ。武田は、創業家とのいざこざで道半ばにして社長を途中退場することになる。代わって社長に就任したのが、創業家の本家出身の豊臣統一なのだが・・・。

 モデルとなった自動車会社のことは全然知らないけど、おそらく事実をベースにして描かれているのだろうと思わせる圧倒的なリアリティを持つ小説だ。武田を始め、ホントにこんな人間が会社組織の中にいるのか?と思ってしまうような奇人変人が登場し、トヨトミ自動車の舵取りに関わっていく。しかしそれらは、トヨトミ自動車の“正史”ではない。豊臣家の本家至上主義がはびこるトヨトミ自動車は、武田の驚異的な功績を矮小化しようとしている。本書の著者は、そんな創業家の思惑からはみ出し、トヨトミ自動車の救世主たる武田の存在を前面に押し出そうとする。

 武田という稀代の経営者の活躍と、創業家の思惑。そして期せずして起こる、“使用人”出身社長・武田と創業家本家出身社長・統一の闘い。世界的企業の内側で繰り広げられる魑魅魍魎たちによる闘争は、想像以上に面白い。

百田尚樹 『海賊とよばれた男』

 出光興産の創業者をモデルに据えた小説だ。

 物語は、終戦直後から始まる。石油会社国岡商店の社長である国岡鐵造は、そのときすでに還暦を迎えていた。国岡は、厳しい決断を迫られていた。