「内定が2つ出たんですが、どちらにしたらいいでしょう」という相談なら大歓迎だが、上司や仕事への不満が原因で辞めたいというだけなら、愚痴を聞くことぐらいはできるが、「他の会社に移っても同じことを繰り返すだけですよ」と忠告する。

 もし、「やりたいことが見つかっているけれども、辞め時を迷っている」というなら、サンクコスト(=埋没費用)を考えてみるとよい。

 サンクコストとは、事業や行為に対してすでに支出され、回収できない費用のことを指す。例えば100億円規模のダム工事があるとする。工事は9割方終わっているが、当面はダムの必要性がなくなってしまった。その場合、すでに費やした90億円を無駄にさせないために工事を続けてダムを完成させるべきか、それともダムの工事は中止して、残りの10億円を他の予算に振り向けた方がいいのか。

 転職に当てはめて言うなら、これまで自社で築き上げてきた地位や待遇を守るのか、それとも、新しい仕事の経験を積むことの方が先の自分にとってメリットが大きいと考えられるかどうかである(もちろん、今いる会社には「立つ鳥跡を濁さず」で、きちんとした形で退職するのが大前提である)。

 私は転職を6回重ねたが、決して転職したほうがいいとは考えていない。この本は「転職のすすめ」や「転職の手段」ではないし、ましてや「転職の成功体験」でもない。あくまでも私が「仕事とどう向き合ってきたか」をまとめたものである。読んでいただいたそれぞれの方が、仕事との向き合い方を考え、今後のキャリアプランを構築するためのきっかけにしていただければ幸いである。

 ただ、もしも若い人にアドバイスを1つ送るとしたら、将来の選択肢を増やす働き方を心掛けてほしいということだ。転職して上手くいっている人の多くは、自分の目指す「やりたいこと」の「手段」として転職を迷わず選択する。そうした人たちにとって、転職は「手段」にすぎない。そして、その「手段」は選択肢が多い方がいいに決まっているのである。