労働生産性は、生み出した付加価値を総労働時間で割って求められるので、労働生産性を向上させるためには、分子(付加価値)を上げるか、分母(総労働時間)を減らせばよいということになる。これまでの事例を見る限り、日本ではもっぱら正社員の、しかも見かけ上の労働時間削減という形で生産性を上げようとしていることが分かる。

 働き方改革において重要なことは、社会全体の総労働時間を減らすことである。社会全体の労働時間を減らすためには、業務全体のムダを省くことが必須となる。特定の労働者の労働時間を減らしても、他の労働者の時間が増えてしまっては、社会全体での生産性は向上しない。

 1日の時間配分を変更しても、総労働時間が変わらなければ、やはり結果は同じである。個人の状況に合わせて出勤時間をフレキシブルに変えることができれば、総労働時間を減らせる効果はある。だが、時差出勤や在宅勤務といった多様な働き方が社内で認められているのであれば、わざわざ集団で時差出勤やテレワークのキャンペーンを行う必要はない。

 少々、皮肉な見方をすれば、日本企業では本質的な意味において、多様な働き方が許容されていないので、集団行動的なキャンペーンになっているのかもしれない。もしそうだとすると、問題の解決はかなり難しい可能性がある。

皆が無意識的に避けているもっとも重要なテーマ

 先ほど、筆者は生産性の向上には「付加価値の拡大」と「労働時間短縮」という2つの方法があると述べた。日本は労働時間短縮で生産性を上げようとしているのだが、実は生産性を決めるパラメーターとしては、労働時間要因よりも付加価値要因の方が圧倒的に寄与度が大きい。生産性を向上させたいのであれば、本来は、時間短縮ではなく付加価値拡大に力を入れる方が合理的なのだ。

 ではなぜ、日本社会はもっとも効果的に生産性を向上できる付加価値要因に目を向けないのだろうか。おそらくその理由は、日本の労働市場が抱えるある課題について、無意識的に議論を避けようとしているからである。その課題とは、終身雇用と長時間残業(および強制的な転勤)との密接な関係性についてである。

 日本の労働法制では、原則として企業の都合で社員を解雇することはできない。だが現実問題として社員を解雇できなということになると、企業の経営には様々な不都合が生じる。最大の問題は、余剰人員対策と人員の再配置問題である。