私が駒場に着任した1991年には、大隅さんは次の段階の研究に取り組まれていた。「液胞の形が異常になった突然変異を探してるんだよ」と楽しそうに話されていたことを覚えている。異常が生じているということは、何らかの重要な遺伝子が機能していないことを意味する。大隅さんは形の異常を手掛かりに、その原因遺伝子を突き止めようとしたのだ。

 液胞の形が異常になった突然変異を探すには、酵母を1個1個顕微鏡でチェックする以外にない。これはすこぶる効率の悪い研究方法だ。突然変異を探す多くの他の研究では、もっと効率の良いスクリーニング法が使われている。

 ただし、例外はある。大隅さんがロックフェラー時代に酵母の研究に着手するきっかけとなった、リーランド・ハートウェルの細胞周期の研究だ。

 細胞は分裂をしていない間期(かんき)に、DNAの合成や複製を行う。いまではG1期、S期、G2期と呼ばれる3つのステージでDNAの合成や複製のタイミングがきちんと制御されている。これを細胞周期と呼ぶが、ハートウェルらは細胞周期の制御が異常をきたした突然変異体をたくさん見つけた。そのときには、細胞分裂が正常に進行していない細胞を、顕微鏡観察で探した。

 ハートウェルらが発見した細胞周期分裂異常の突然変異体(cell division cycleを略してcdc変異体と名付けられた)は、細胞周期の研究を飛躍的に進歩させた。そして、cdc変異体の原因遺伝子の多くは、ヒトにおいてガンの原因になる遺伝子だった。ガン細胞は、細胞周期の制御に異常が生じ、分裂してはいけない場所で、分裂を続ける細胞だったのだ。

 ハートウェルは、細胞周期の中心的な制御因子を解明した業績により、2001年にノーベル生理学・医学賞受賞した。大隅さんが液胞の形態異常の突然変異体を探すアプローチを採用されたとき、ハートウェルらの細胞周期の研究法が念頭にあったことはたぶん間違いないだろう。

 大隅さんは酵母に薬剤処理をして突然変異を誘発させ、飢餓状態でもオートファジックボディ(液胞内に蓄積する顆粒)がうまく形成されない突然変異を探した。「変異誘発処理をした約5000個のコロニーを形態にもとづいてスクリーニングした結果、10個の候補が得られた」と論文には書かれている。約5000個のコロニーから酵母細胞をピックアップし、細胞の液胞を一つひとつ「見て」、オートファジックボディが溜まっているかどうかをチェックしたのだ。

 その結果、見つかった10個の候補から、「apg1」と命名された1つの変異体が見つかった。この変異体では、飢餓状態でオートファジックボディが確かに蓄積されないので、オートファジーのプロセスに関与する遺伝子の1つに異常が生じているはずだ。

 このapg1変異体は、飢餓状態に3日置くと、4割程度が死んでしまった。この性質を利用して、次の段階では飢餓状態で死亡しやすい変異体がスクリーニングされた。この方法なら、細胞の中を一つひとつ見なくてよいので、ずっと効率が良い。死んだ細胞を赤く染める色素を使い「変異誘発処理をした約3万8000個のコロニーから約2700個の赤いコロニーを選抜した」と論文にある。

 しかし次は見なければならない。大隅さんと、大学院生の塚田美樹さんは、約2700個のコロニーについて、一つひとつ顕微鏡で液胞を見てオートファジックボディの蓄積をチェックし、その結果、蓄積が進まない99個の変異体を発見した。