災害対策に象徴されるように、社会的な問題の解決にあたっては、長期的な視野で社会を導くリーダーシップと、リーダーの下で献身的に働くメンバーの存在が欠かせない。
今回は、このようなリーダーシップや献身性がどのように進化したかについて、有力な仮説を紹介しよう。そして、どうすれば私たちは理性の不完全さを乗り越えて、社会を変えることができるかについて考えてみよう。
◎前編「ハーバードの学生を感動させた被災地の人間力」はこちら。(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/48195)
リーダーシップと社会の絆の進化
私の記事でたびたび紹介している社会心理学者のジョナサン・ハイトは、その著作『しあわせ仮説 古代の知恵と現代科学の知恵』や『社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学』の中で、私たちには大きな目的のために献身する性質があり、そのスイッチが入ると社会のための自己犠牲を厭わなくなることを紹介している。
そしてこのスイッチを「ミツバチスイッチ」と名付けた。そして、この「ミツバチスイッチ」が集団選択(献身性が高い集団ほど生き残りやすいことによる集団レベルの選択)によって進化したという仮説を強く主張している。
集団選択を促した要因としては、狩猟採集社会における部族間の戦争をあげている。私はハイトの道徳心理学から多くのことを学んだが、私たちの献身性の進化についてのこの説明は、個体レベルの自然選択を考慮していない点で、適切とは言えない。
狩猟採集社会において部族間の争いが頻繁にあったことは確かだ。他の部族の男を襲って首を狩り、自分の力を誇示する行動は、配偶者を得る上で有利だったことを示す研究がある。
また、部族の規模が大きくなり、ドングリなどの貯蔵食糧や、石器などの道具の蓄積が増えると、他の部族からの略奪のリスクは増えただろう。このような資源の略奪に対抗するために群れのメンバーが協力することは、自然選択上、有利だったはずだ。
ただしこの有利さは、集団レベルだけでなく個体レベルでもあった。襲われたときに対抗する実力や、他個体と協力して資源を守る能力は、個体の適応度において有利である。また、部族の利益に献身する行動は、その個体の評判を高めることで、やはり個体の適応度を高めたと考えられる。
献身性のような性質には、集団内の個体間で大きな変異があることが知られている。個体レベルの選択はこのような変異に作用するので、性質の進化に与える効果が大きい。これに対して、人間集団の間では、女性が他の部族に嫁ぎ、子孫を残す過程で遺伝子の交流があるので、集団の平均値の間の違いはそれほど大きくない。したがって、集団レベルでの選択の効果は、個体レベルの選択の効果に比べ、無視できる場合が多い。
そのため、献身性の進化を説明する上で、ハイトのように集団レベルの選択を持ち出す必要はないのである。
自然の脅威という試練
狩猟採集社会においては、部族間の争いに加えて、災害が大きな選択圧になったと考えられる。ヒトの祖先がアフリカを出て世界に広がった6万年間に、地球には氷河期が訪れ、気候は大きく寒冷化した。