これらについて交配実験をして、ABO血液型のように同じ遺伝子の変異(対立遺伝子という)なのか、それとも違う遺伝子なのかを決める作業をした。一部の変異体は胞子をつけないので解析対象から外した。このような作業の結果、最終的に14個の遺伝子の変異体が見つかった(論文では15個と書かれているが、その後の研究で2つは同じ遺伝子と分かったようだ)。
現在分かっているオートファジー遺伝子は18個なので、大隅さんと塚田さんはほぼ8割の遺伝子をこの時点で突き止めたことになる。この研究を報告した論文は1993年に出版された。
基礎科学をもっと大切に
さらに次のステップは、これらの遺伝子の機能を一つひとつ解明することだ。この段階では、マンパワーが必要になる。駒場時代にもいくつかの遺伝子のDNA配列を特定して、機能解析へと研究を進められたが、研究が大きく進展したのは岡崎市にある基礎生物学研究所に移籍されてからだ。
基礎生物学研究所に教授として1996年に着任されたあと、大隅さんは助教授に吉森保さん(現大阪大学教授)、助手に野田健司さん(現大阪大学教授)と鎌田芳彰さん(現基礎生物学研究所助教)を採用され、その後に水島昇さん(現東京大学教授)が研究員としてチームに参加され、オートファジー遺伝子の研究を推進する強力なチームができた。
このチームの下でオートファジー遺伝子の機能解明が進み、やがてこれらの遺伝子が哺乳類でも保存されており、オートファジーによる分解系が動植物・菌類に共通するタンパク質のリサイクルシステムであることが判明した。そして、病気との関連も次々に確認され、医学的にも重要なテーマになった。
今や、オートファジー研究は役に立つ研究であり、流行のテーマだ。その流行の最先端にいる大隅さんは、流行を追うな、人まねはするなという発言を繰り返されている。それは、基礎科学を愛する研究者の心からの声だ。
先に紹介した、文部科学省の幹部の方に伝えた私の意見には続きがある。
「最近の科学技術政策の文書を見ると、私たち基礎科学者は息苦しいんですよ。役に立つことばかりが強調され、純粋に好奇心から取り組む研究を大切にしようという姿勢が感じられない。私たちは役に立つ研究の重要性は十分に分かっていますし、文部科学省が財務省から予算をとってくる上で、役に立つという説明が重要だと言う事情も承知しています。しかし、私たち大学教員に向けてその説明しかないと、息苦しいんです」
基礎研究者は、役にたつかどうかではなく、面白いかどうかで研究テーマを選ぶ。これは一見遊んでいるように見えるかもしれない。しかし、研究者が「面白いね」と思うテーマには、意外性と重要性があるのだ。「今まで思いつかなかったけど、それは大事だね」というような着眼やアイデアを、基礎研究者は大切にする。そしてその姿勢は、科学上の大きな謎を解くことにつながる。
大きな謎が解ければ、その成果はほぼ例外なく役に立つ。なぜなら、大きな謎が解ければ、現象への私たちの理解が大きく深まるからだ。医学に例えれば、対症療法ではなくより根本的な治療が可能になるのだ。
大隅さんのオートファジー研究や、ハートウェルらの細胞周期の研究は、純然たる基礎研究が大きな医学的インパクトを与えた良い例だ。
しかし、基礎研究は実は役に立つのだということを繰り返し説明しなければならない状況が、私たちには息苦しい。この状況には、文部科学省や財務省だけでなく、大学にも責任がある。大学にも、研究そのものの面白さや大事さよりも、獲得した研究費の額や、発表した論文数を評価する風潮が蔓延している。
駒場の小さな実験室の片隅で、酵母の培養器と顕微鏡くらいの設備で、少額の研究予算で実施された研究が、ノーベル賞につながった。このような研究は、今も大学のあちこちで生まれている。そこから生まれた発見を、「面白いね」「今まで思いつかなかったけど、それは大事だね」と評価する文化こそが、次の時代の科学を育てる。
「ノーベル賞につながる研究を生み出した1つの原動力は、絶対に人まねはしないというこの信念だ」と書いたが、もう1つ大事な原動力があるのだ。それは好奇心だ。
未知の大きな謎への好奇心を国民の間で広く共有する社会でありたい。大隅さんのノーベル賞受賞が、その方向に社会を動かす力となることを願って、私もささやかながら、科学の面白さを社会に届ける努力を続けていきたい。