私は福島県南相馬市で外科医をしている。
先日、南相馬市の南隣に位置する浪江町の応急仮設診療所で診療をする機会があった。応急仮設診療所では、簡単な診療を行い、治療が必要な患者に対しては心ばかりの薬が処方できる。
その日、お腹の不調を主訴に訪れた80代の男性は、南相馬市に避難していたが、11月1日から始まった準備宿泊で浪江町に5年半ぶりに戻ってきた。残念ながら彼に必要な薬のストックは診療所内になく、後日別の医療機関を受診するように助言した。
彼は「今、僕たち年寄りに一番必要なのは医療だ」と言う。
処方薬を求めて20キロの道のり
しかし、一番近い保険診療を受けられる医療機関は約10キロ北にある南相馬市立小高病院、しかもそこで処方箋が交付されても処方を受け取れるのは約20キロ北にある南相馬市原町区内の薬局、現実はあまりにも非情だ。
相馬・双葉地方は東日本大震災とそれに引き続く原子力災害で最も大きな影響を受けた地域だ。相馬地方で最も人口が多かった南相馬市でも、震災後高齢化が一気に進み、もともと7万人近くいた人口も一時的には1万人を割り、過疎化も深刻だ。
最近では帰還困難地域に指定されていた地域の避難指示解除やそれに向けた準備宿泊が始まっているが、やはり5年以上人の手が入らなかった場所に戻る人は限られている。人口が少ないということは、商業や医療の復興はさらに遠い。
医療は過疎や災害の影響を受けやすく、特に高齢化や移動手段への対策は日本全国で待たれている。南相馬市立総合病院では震災後、在宅診療科が設置され、年々その需要は増している。
在宅診療を受ける家庭には、介護者が外に出かけることが難しい、移動の足がないなど、社会的な理由を抱える家も少なくない。診療に関しては我々医師による在宅診療や今後の遠隔診療が希望となっている。
一方で、当院在宅診療科科長・根本剛医師によると「特に薬局から遠い地域や小高区の住民では、診療後の処方薬の受け渡しがネックになっている」と言う。