「社長、この事業部はどんな事業部ですか? 他の事業部と比べてずいぶん売り上げも利益も小さいようですが」
私は公認会計士、心理カウンセラーとして経営コンサルティングをさせていただいている。あるクライアントとの打ち合わせで事業部別の業績表を拝見させていただいた。
その際に、他の事業部と比べて突出して売り上げ、利益の小さい事業部があったので社長に質問した。社長は少し苦笑いしながら答えた。
「いや、実はその事業部はもう60歳近くの1人のベテラン従業員がやっているんですよ。ある部品を作る事業なんですけどね。彼ができる仕事はそれしかなくて」
この社長は製造業の会社を父親から継いだ2代目。年齢は40代前半と若いが、何とも言えない人情味がある。一見ぶっきらぼうな感じだが、従業員を気遣う姿勢が様々な発言や行動に見て取れる。
社長が挨拶しても無視する社員のために
「その人は親父の代からずっと働いてくれてる職人で、その部品を作り続けてきたんです。今ではもうあまり需要がないので別の仕事をやってもらおうと思ったんですが、本人がその仕事しかやらないって言うんです。無愛想で社内の人間にもお客さんにもろくに挨拶もしない。一日中、黙々と1人で部品作ってます」。
業績表の数字だけ見れば、この事業部は他の事業部の足を引っ張っているのは明確である。会社全体の経営を考えると、将来性もないこの事業部は事業としてあまり継続させる価値はない。社長もそれは自覚されていた。
「やめるべき事業だということは分かってるんですよ。でもね、1回、彼に聞いたことがあるんです。本当にこの仕事しかできないのかって。会社としては別の仕事をやってもらいたいって」
「そしたら、彼が何とも寂しそうな顔をしましてね。その顔が忘れられなくて。なので、彼のこの仕事は守ってやろうって決めたんです。社長として甘いですよね、私」
そう言って、また苦笑いされた。人柄がにじみ出る苦笑いだった。社長はそのベテラン従業員のために、仕事の合間を縫って自ら営業され、微々たる利益しか生まないその仕事をコツコツと取ってきていた。